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その夜。全てが動き出した。国は遂に行動を起こしたのだ。彼を、殺す為に。だが第一射はどうやら失敗したようだった。瞬時に気付いた殺せんせーが二本の触手のみを犠牲にして生き残った。だがその事も念の為と見越していた国家は現在対先生透過レーザーバリアで彼を包囲しているそうだ。

烏間と柴崎は受けた報告に肯定の意だけを返し、連絡を切った。だが烏間だけはそのまま携帯を操作する。




「……」


ある作業を終え、送信完了の文字を瞳に映す。そして静かに、画面の明かりを落とした。暗くなったそれを手に彼はただ前を見据える。



「…送った?」

「…あぁ。自宅待機を命じた」



それを聞き、柴崎は音も無く息をつく。…ほっとしているのだろうか…。彼は、あの言葉を思い出してくれたのだろうか。…いやそんな筈がない。あんな分かり難いものを察せられる訳もない。そう思うと今の柴崎には苦し紛れな笑みしか浮かばなかった。…こんなのは矛盾だと分かっている。感情と行動がまるで一致していない。……そんな事、随分前から知っていた。知っていたのに、未だどちらも中途半端で、情けない。




「……辛いものだな」

「……、」


烏間は星空が浮かび、三日月が輝く空を見上げた。



「…まるで矛盾だらけだ。任務責任者が聞いて飽きれる」

「……本当だね」


空へと向いていた顔は側に立っていた柴崎に向けられる。落とされていた瞼。それがそっと開かれ、目が合った。




「…俺も、矛盾ばっかり。何もかもがちぐはぐな事だらけ」


噛み合わない。何一つだって、合わさってくれない。



「…でも俺も烏間も人間で、感情がある」

「……」

「……この一年は長くて、何処か短いものだったけど…」



それでも確かなことが、ただ一つだけ言える。



「…感情だけは理屈じゃどうにもならないんだって事を、随分教えられた気がするんだ」


どんなに正論で固めたって、感情は嘘をつけない。偽ることなんて出来ない。たとえ偽れたとしても、いつか罅が入って亀裂が生まれる。…限界がやって来るんだ。それは行動なのか言葉なのか、果たして涙なのか暴言なのかは分からない。けれどきっとやって来る。何故なら生まれた時からこうして、人という者は感情を持ってしまったから。




「…烏間」

「……、」


けれど矛盾を嘆いてなどいられない。この立場に悩んでなどいられない。もう始まってしまったんだ。何もかも全てが。



「…今は、俺達がすべき事をしよう」

「柴崎…」

「そのメールを見たあの子達なら、きっと直ぐにでも走って現場に向かおうとしているはず」

「っ、」



だってあの子達はみんなそういう子達ばかりだった。待ってなどいられない。走らなくては。そう思って今は頭よりも体が動いているに違いない。




「だから行こう。あいつが身動きの取れない今、あの子達を守れるのは俺と烏間だけだよ」


過去の行動や過去の決断はもう変えられない。…ならばもう今は、現実と未来を変えるしかないんだ。人が無限の可能性を持っていると言うのなら、それはきっと今この時から発揮される。



「…そうだな。ここまで来たなら、最早どんな形でも構わない。例え俺達が国家に属する立場にあっても、方法は幾らでもある」



烏間の言葉に柴崎は小さな笑みを浮かべる。…さぁ、ではそうと決まれば走らなければ。あの子達はもう四月の頃に出会った、能力も体力も技術も、何もかもが拙かった生徒達ではない。今じゃ全員、立派な暗殺者。己の信念を強く持つ、心優しい暗殺者アサシンなんだ。



















車で向かっても交通規制が掛かる。だから途中からは走って二人は現場へと向かった。見えて来たそこには案の定生徒達の姿が。殺せんせーの元へと行かせてくれと皆が声を上げている。だがそんな彼等を軍が取り押さえ、行かせないよう留めていた。それは何処か力尽くの行動にも見え、二人は思わず彼等の行いを制止させるべく止めに入った。



「やめろ!生徒達に手荒くするな!」

「幾らこの子達を止める為とはいえ、あまりに強引過ぎる!」

「か、烏間先生っ」

「柴崎先生!」


生徒達は現れた二人に目を開き、だが直様現状を問いただした。最早彼等にとって烏間と柴崎以外にこの状況を尋ねられる者など居ない。だが問われる二人はなんと答えるべきなのかと苦渋な面持ちで思案する。



「なんスかあれ!!」

「私達なんにも聞いてないよ〜!!」

「しかもあの声明じゃ殺せんせーが全部悪いみたいな…っ」


掛けられる言葉はよく分かる。思いも、焦燥も、苛立ちも……痛い程に。だが何も言わずに無言を通すわけにも行かない。今後ろには国の下に仕える軍兵達がいる。…下手な事は言えない。しかし多くを話せるほどの情報を持ち合わせていないことも事実だった。

冷静になれ。今は私情を捨てろ。感情任せに動けば今後不利になるのは生徒達だ。それだけ決してしてはならない。



「俺と柴崎すら直前まで聞かされなかった。前以て我々が知っていれば…、ヤツに計画を勘付かれる恐れがある為だろう」

「…あの声明は恐らく君達の今後も考えての事。脅されたと言えば無神経な詮索を受けずに済む」


マスコミは例え相手が子供であろうが容赦はない。知りたいと思う情報を手に入れる為ならば残酷な問い掛けだって躊躇なく行ってくる。



「全員揃っているなら丁度良い。口裏を合わせるんだ!」


烏間からの言葉に一同は眉を顰め、苦しい表情を見せる。何故こんなことに。一体どうして…。浮かぶ疑問が次々と生徒達の頭や心を覆っていった。だがそんな中でも片岡は納得できないと主張した。




「殺せんせーと会わせて下さい!」

「許可出来ない。行って君達が人質に取られでもしたら、それこそ事態が悪化する」

「人質に!?そんな事殺せんせーがするわけが…っ!」


それに柴崎先生だってそんな事知ってるはずでしょ!…と、喉から出掛かった岡野のその言葉は聞こえて来た騒がしい声に止められてしまう。振り向けば、やはりそこには事態をいち早く世間へと伝えようとするマスコミの集団。ライトが光り、カメラが何台も動いている。我先にと寄って来るマイクを持った集団は是が非でも何かを得たいと言うかのように彼等に迫った。

必死に、殺せんせーはそんな存在じゃない!悪い先生じゃない!…そう声高に、叫ぶようにして話したって誰一人として真面に聞いてくれる者は居ない。中には涙を浮かべて信じてよ、と嘆く生徒の姿もあった。






「っ、」


出かかった足。だがグッと手首を掴まれ後ろへ引かれた。故にそれ以上足は前へと踏み出せなかった。



「…っ耐えるんだ、柴崎」

「…っ、でも…ッ」


あんな、あんなにも辛い表情を浮かべる生徒達が目の前にいる。なのに何もしてやらないなんて…っ。



「今此処で出て行けば、マスコミの目は必ずお前へと移るっ」

「っ」

「その隙に彼等は逃げられるかもしれない。だが介入したお前はどうなるっ!」


先程の彼等同様、カメラを向けられライトを当てられ…。そして終いには数え切れない程の質問の山を投げられるに違いない。その内今回の現場責任者だと分かってしまえば、それこそ何を問われるか分かったものではない。

柴崎は烏間の言わんとしている事を察すれば、悲しみに表情を歪めその瞳を静かに閉ざした。…私情を捨てろと、言い聞かせた筈だった。けれどあの子達のあんな姿を見てしまっては……。まるで身を引き裂かれるように辛かった。烏間は俯く彼に同じく沈通の色をその表情に滲ませ、掴んだその手首に今一度力を込めた。それは彼に、自分も同じだと…言葉にしない思いを伝えているようだった。







それから暫くして、一本の電話が入る。それには烏間が出た。


「もしもし、烏間です」


柴崎は対応を行う彼の傍らで今の状況について考えていた。あの後、マスコミの思惑にすぐ気付いた片岡と磯貝によって生徒達は別の場所へと移動して行った。

…とすると、今彼等は安全な場所にいるはず。だがそこで策を練っているんだろう。これでも彼等を一年間見て来た。だから分かる。彼等は探索知識もあれば作戦能力もある。故にどれだけあの校舎周辺が包囲されており、今後の増援がどの程度か。見張りはどれくらい居るのか。…それらを冷静に分析し情報を集めている事だろう。




「(……あとはその情報からどれだけの策を練られるかだけど…)」


…今回の相手は彼等も籍を置くこの日本の国家上層部。これはある意味殺し屋相手よりも厄介だ。国は隠蔽という最悪の手を使う場合もある。油断は出来ない。




「っ、どういう意味だ!」

「?」


すると聞こえて来た烏間の荒げた声に彼はそちらへと顔を向ける。…何かあったのだろうか。


「…っあれ程生徒達には手荒にするなと言ったというのに…っ」


たったそれだけの言葉。だが柴崎には十分に分かった。…国が彼等に何かを行ったのだと。詳細までは分からない。だが概要なら伝わった。…やはり思った尻からこれだ。柴崎は落ちそうになるため息を飲み込み、烏間の電話が終わるのを待った。

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