コトコト…
「………」
「………」
コトコト……
「………」
「……志貴」
「…、ん?」
「お鍋、吹き零れそうよ」
「え?…あ、」
慌てて火を消す。噴きこぼれる前になんとか未然に防げた。
「悩み事?」
「別にそんな事ないよ」
時期は年末。あんな事があってから時間はどんどん過ぎて行き、気付けば今年も終わりに近付いていた。自宅で今後の事や国の対応、生徒達とあいつの関係を考えていたが、良い案など出てこなかった。結局は当事者たち次第。これに関しては、第三者が間に入るものではない気もしてきたのだ。
「毎年年末は帰って来てくれてたから今年も電話したけど、もしかして忙しかった?」
「いや、大丈夫だよ。それに少し煮詰まってたから助かった」
「煮詰まる?悩み事でもあるの?」
「…まぁ、色々とね」
これについては幾ら血の繋がりのある家族でも話せない。だから柴崎は言葉を濁した。
「…で、どうなの?」
「うん?何が」
食卓で夕飯を食べながら香織は柴崎に話しかけた。香織の隣にいる雄貴もまた、口を動かしながら前に座る柴崎を見た。
「烏間くんよ」
「、なんで烏間が出てくるんだよ」
一瞬反応したが、普段通り返す。雄貴はまだ視線を外さない。
「さっき電話してたんでしょ?」
「なんで知ってるの…」
「雄貴がそう言ってたから。ねぇ?」
尋ねられた彼は口の中のものを飲み込んだ後頷いた。
「電話してる声聞こえたからさ。誰と電話してんのかなーって思ったら『烏間』って聞こえたから、あぁ惟臣さんかって」
「…あ、そう」
確かに電話はしていた。だが要件である年始からの話を軽くした程度で、別にこれといった話はしていない。だから電話自体短かった。勿論お互いに考えることは色々とあるが、それは別の時に話す事にしたのだ。
「でどうなの?」
「だから、何が」
「志貴は来月で29歳よね」
「あー…そういえばそうだっけ」
早いなぁ、と思う反面、また歳を取るかとも思う。
「結婚」
「は?」
「しないの?」
「誰と?」
「あら、いないの?」
「…あのさ、主語くれない?」
全く目の前に座るこの親子は主語なしの会話を度々してくる。何となく言いたい事は分からなくもないが。
「恋人よ!いないの?」
「……いないよ」
「もー…。何が駄目なのかしら…。駄目なところなんて特別……、鈍感なところかしらね」
「(鈍感に鈍感って言われても…)」
「28.9歳ともなれば結婚適齢期なのに。あ、ならこの際烏間くんにしておいたら?」
「はぁ?」
「母さんストップ!何それどういう意味だよ、なんで惟臣さん出てくんのっ?」
お茶を飲む為コップに口を付けた時に言われるその言葉。思わず柴崎は香織を見た。だが言われた本人より反応しているのは弟の雄貴である。
「だって彼なら志貴の事任せられるんだもの」
「確かに惟臣さんとは学生時代からの仲で今も仲良いし仕事仲間!その上兄貴はあの人には弱いしこの少食っぷりだってなんとかしてくれるだろうけど!」
「…あのさ、」
「だからってなんで惟臣さん!?」
「どうしてそんなに否定するのよ。雄貴だって彼に懐いてるじゃない」
「そ、それはそうだけど…!兄貴はどうなんだよっ」
「(なんでここで振ってくるかな)」
このタイミングで振る?という顔をするが結構マジな顔をしてくる為、そんなことも言えない柴崎。
「別に、」
「別に!?」
「最後まで聞いて。…別に烏間をそんな風に見てないよ」
「……そんな風に?どんな風に?」
「…恋愛感情で見てないよって事だよ」
「本当に?」
「烏間くんにしときなさいよ」
「母さんは黙ってて」
「ぶー…」
ふて腐れる香織。とても真剣な雄貴。席を立ち食器を運ぶ柴崎。
「あら、どこ行くの?」
「もう食べたから仕事してこようと思って」
流し台にそれを置けば洗う。そうしながら話す彼に香織は残念そうな声を出す。
「年末なのに仕事?折角だからもう少しのんびりしたらいいのに…」
「やる事は絶えないからね。母さんは隣の機嫌取り頼んだよ。随分膨れてるから」
「ん?…やだ、雄貴ったらあんなの軽いジョークじゃない!ね?」
「……全然軽いジョークっぽくなかった」
「…どうしよう。拗ねちゃったわ」
「拗ねさせたのは母さんだよ」
「(つーん)」
「あぁもうそんなに拗ねないで?冗談よ冗談」
「(つーん)」
「志貴〜…」
「はいはい、頑張ってね。俺仕事してくるから」
そう言い残してリビングを出れば後ろから香織が頑張って雄貴の機嫌をとる声が聞こえた。それに柴崎は小さく笑うと、自室へと向かった。
「…はぁ、」
ベッドに腰掛けると、出てしまうため息。仕事はある。あるが、年内報告書の最後の記載部分になんと書くべきか未だに悩んでいるのだ。
正直な話を書くべきである事はわかっている。あの事がきっかけで、冬休みに入るまでの期間、誰1人暗殺をする者はいなかった。それは混乱と迷いと戸惑いが産んだ心理的状況の表れ。今までのように『暗殺』が出来なくなっていた。
「…どうするべきかな」
第三者が変に介入しややこしくなるのも避けたい。…全く悩みはどこまでも尽きない。
その時、携帯が一度震えた。メールだ。
『書けたか』
短い文。だが何をかなんて分かる。
『書けてない』
『とりあえずはどこまで書けたんだ』
『9割書けてる。あと1割』
それを送って、少しして籠ったようなバイブ音を放つ携帯。
「面倒臭くなったんだろ」
『あれより電話のほうが早い』
「まぁね」
メールなんかでちまちましているより電話のほうが烏間も柴崎も性に合っている。
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