momentary -Extra edition- 2

『…悩んでるのか』

「……、」

『…事実を書けば良い』


事実。あの夜起きた事と、あの後の状況と。



『柴崎なら上手く書けるだろう。表現の仕方は色々ある』

「…難しいね。…けどま、頑張るよ」

『声とは裏腹に、お前のことだ。もうパソコンの前だろ』

「あれ、音伝わった?」


烏間の言う通り、電話をしながら柴崎はパソコンの前に座り、書類のページを開いていた。片手でキーボードを打つ。



『…もう今年も終わりか』

「早いね。あっという間だよ」

『お前ももう直ぐ歳取るな』

「うわ、それ言うんだ。先に歳食ったくせに」

『仕方ないだろ。俺は8月。柴崎は1月だ』

「そうだけど…。…え、もう明後日元旦?」

『……そうだな』


パソコンの下にあるバーを見る。そこの日付を見て思う。明日は大晦日、そして明後日は元旦。電話の向こうの烏間もカレンダーに目を向けたのだろう。そういえばそうだな、という声をしている。



「驚いた…。仕事してると時々こういうの忘れるよ」

『年末は特にだろう。忙しいからな』

「世間はバタついてるからね。……っと、…やっと出来た」

『そうか。…珍しく期限ギリギリだな』

「明日提出だからね、これ」


明日までにメールに添付し転送しなければならなかった。いつもならもっと早くに出せていたが、事が事であり中身が中身。…どう書くか迷ったのだ。




「……はぁ、疲れた」

『目がか?』

「…目も疲れたし頭も疲れた」


瞼を下せば目の前は真っ暗闇。すると目の奥がじわり…とした。



『……柴崎』

「んー…?」

『明日の9時、駅にいろ』

「ん?」


椅子に凭れ、天井に向いていた顔を元に戻した。



「9時に駅?」

『あぁ。遅れるなよ』

「え、あの、烏…『じゃあな』


電話の向こうから聞こえるプツリとした音。


「……切れた」


真っ暗になった画面を見て考える。…駅、恐らく最寄駅。こちら側の。どこへ行こうというのか。要件もない。けれどあの声は、



「…あいつも下手なんだよね」


そう呟いて、マウスを動かし送信した。完了の文字が見えて、パソコンを落とした。



『ーーーーーーーー。
生徒達と標的の関係に変化あり。今後どのように変動するかは未定。年が明けてからの現場状況は後日報告することとし、彼等の心理状態を考え今後ともサポートを主とし現場監督を継続。年内の暗殺は以上とし、年始からの暗殺訓練は状況変化に沿ったアプローチを検討している。尚、彼等の成長具合は未だ未知数である。』















「…あのさっ、」

「なんだ」


足共は砂。そして冷たい風。それが強いため、少し声を大きくしなければ相手の耳に届かない。



「なんでこの真冬に海なわけ」


目の前に広がるのは太陽の光を反射し海面が煌めく海。打ち寄せてくる大きな波の音は今年が終わる大晦日の日でも変わらなかった。柴崎はあまりの寒さにコートのポケットから手が出せない。



「…寒、」


風は容赦なく吹き付ける。



「…これからどうなると思う」

「……」


少し前に立つ烏間の背中を見る。彼も羽織るコートのポケットに手を入れていた。



「あれは過去を話して、彼等はそれを聞いた。恐らくこの休み中、誰も暗殺はしていない」


それは柴崎も思っていた事。この一年、烏間も柴崎も彼等を見てきた。どの子も優しい心を持っており、どの子も人として素晴らしい。そんな彼等があの話を聞いて、直ぐに気持ちを持ち直し暗殺が出来るかといえば…出来ない。




「だが今のままでは国の意見は変わらないだろう。最初の目的同様、あいつを殺すことだ。その為ならどんな手でも使うはずだ」


現に3月に行われる何かの為に国は動いている。その為に生徒達はまるで檻扱い。あの生物を逃すなと、国は生徒達を使って取り押さえているのだ。

柴崎は烏間の背中から目を離し、広い海へと移した。そしてゆっくりと、その口を開く。



「…そもそも論、俺も烏間もあいつを殺すなら誰でも良かった。別に生徒達じゃなくても、パッと出の暗殺者でも、国の求める結果になるなら問題なんてなかった」

「………」

「…なのにこの1年で随分染められた。今じゃ殺すなら彼等に殺してほしいと思ってる」


柴崎のその言葉に烏間は静かに目を閉じた。…潮の香りがする。そこに波の音と、そしてこの場にいる彼の存在を感じた。



「でも上層部はまるで頭の固い人間ばかり。タイムリミットが近付けば近付くほど、それは露骨に出た」


その露骨さが、『死神』と『悪魔』の出現だった。生徒の命が天秤に掛けられたあの時、殺せんせーも囚われイリーナは一時的だが敵側に。烏間は最強の殺し屋である『死神』と闘い、柴崎はどこから拾い集めたのか分からない過去の出来事を『悪魔』に蒸し返された。



「国にとって、あの子達の存在は薄れてる。あいつが逃げないようにしてくれればそれで良いってだけで、…今じゃ特別大きな期待もしていない」


あんなにも真っ直ぐに前を向き、あんなにも健気なのに。あんなにも努力をしてあんなにも成長したのに、国はこれっぽっちもそこに見向きもしない。意識は暗殺に関することばかりだ。それもまた、もしかすると仕方のないことなのかもしれないが。


雲に太陽が隠れる。少し、寒さがキツく感じた。




「…今回の任務を通して、彼等の表情は初めの頃より明るくなった」

「…考え方もね」

「あぁ。…お前は、あいつが死ぬなら生徒達の手で死なせてやりたいんだろう?」

「…出来ることなら、そうしてやりたいよ」

「あいつもそれを望んでいる。…だが望んでいるだけじゃそれは叶わない」

「……叶えてやれるのは、あの子達だけだって?」

「あぁ」


殺せんせーが望む死に方はE組の生徒達にしかしてやれない。たとえどんなに烏間や柴崎が手を差し伸べても、彼等にその気がなければそれは一生叶わないこと。

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