past

それから3日が経った。イリーナは来ない。柴崎はいつも通り過ごしているが、生徒達はイリーナが来ないことを心配していたし、柴崎がいつも通りなのを逆に心配した。



「…あの、烏間先生」

柴崎が今教室に居ず、烏間・殺せんせー・生徒達が居る。その中で渚が問い掛けた。



「なんだ?」

「あの…、っ、シェリー、さんって、知ってますか?」

「!」


渚の口から出てきたその名前に烏間は驚く。



「シェリー?誰だそれ?」

「さぁ…」

生徒達は首を捻る。



「…どこで、それを?」

「…前に、廊下を歩いていた時、柴崎先生が電話をしているのを見かけて…。その時に…」

「…そうか…」


あの時の電話か、と烏間は思案する。確かに、部屋に戻ってきた柴崎は変わらなかったが、少しだけぼんやりしていた。珍しいなと思い、パソコンに目を向けてたまたま目に入った日にちを見て頷いた。あの日が日に日に近付いていたからだ。




「何かご存知なんですね、烏間先生。柴崎先生が何故、あぁなのか。何を恐れているのか」

「っ!…お前、どこまで知っている?」

「何も。何一つ知りません。でも、今までに一度、気になることがありました」

「気になること…?」

「以前、矢田さん倉橋さんが柴崎先生に好みのタイプを聞いたことがありましてね。…そのときの反応です。聞けば、一瞬悲しい顔をしたとか」

「っ」

「それを踏まえ、何かを恐れてイリーナ先生をわざと冷たく突き放したのは分かりました。いつもの柴崎先生は、あぁはしませんからねぇ」

「恐れてるって…」

「一体何を…?」



話していいものなのか。本人の許可なく。忘れても良い。そう言ってもあいつは『忘れない』と自分の中にその記憶を刻んで、いつまでも縛られているあの事を。そんな簡単に俺が話していいものなのか。


「烏間先生」

「……」

「柴崎先生を支えたいがために、烏間先生は話を聞いたんでしょう?あの方は無理をしがちで溜め込む。こちら側が無理にでも聞き出さない限り口を割って話そうとしない。…それは1番、貴方が知っているはずです。柴崎先生が未だ背負っているその枷を、外してあげませんか?」

「お前…」

「しかしそれを外すには、話を知っておかなければなりません。柴崎先生からは私が怒られましょう」

「…ったく、ほとほとお前のその考えには参る。……いいか、これから話す事は事実だ。俺が柴崎本人から聞いた話だ」


生徒達の目を見て烏間は言う。生徒達も、その目を見返した。



「…あれは、柴崎がアメリカに3年間特別派遣捜査員としてFBIに行った時の事だ」




1年目はFBIで力を伸ばした柴崎は、2年目の時、上からスパイを頼まれた。人当たりが良く、人間関係も良好。頭の回転が早く冷静。気配の消し方はピカイチで、スパイには打ってつけだった。


「…スパイ、ですか」

「あぁ。スパイ経験は、ないかな?」

「はい」

「そうか。…だが、君の力なら十分出来る。引き受けてくれるかな」

「…分かりました」



そうして柴崎のスパイは決定した。数日後、言われた組織へ潜入。組織へ入ってから僅か1ヶ月で上の地位まで登った柴崎は、ある女性に出会う。


「それがシェリーさん、ですね」

「あぁ」




彼女もまた優秀で真面目だった。だが今ひとつ射撃が苦手で、射撃の上手い柴崎を見ては騒いでいた。


「本当にシーフは射撃が上手ね!」


シーフとは潜入した柴崎の偽名だった。



「シェリーだって真ん中じゃなくてもその周り当たってるけど」

「真ん中に当たらなきゃ意味ないじゃない!」

「まぁ、それはそうだけど」

「ねぇ、どうしたら急所を撃てるの?」

「え?…照準を定める?」

「…なぁに、シーフ。貴方私が照準を定めてないって言いたいの?」

「そうは言ってないよ」


シェリーは最初、射撃が上手く人当たりの良い、自分とそんなに年の変わらない男として見ていた。



「シーフ」

「おーい、シーフ!」

「やべ!シーフ補助頼む!」



見ればいつだって人に頼られていて、それに嫌な顔一つせず、仕方ないな。なんで顔をしていつも手を貸している。



「…シーフってさ」

「んー?」


銃の照準を合わせる柴崎の隣に座り、シェリーは口を開く。


「なんでいつも手を貸すの?」

「は?」

「だって貴方見てたらいっつも誰かに呼ばれてて、いっつも手を貸してるじゃない」

「…良く見てるんだね」

「…は!?や、別にジロジロ見てるわけじゃないわよ!たまたま目に入るのよ!」

「誰もジロジロ見てるなんて言ってないよ」

「そ、そう」

「んー…いつも手を貸してるねぇ…。そうかな」

「そうよ」

「シェリーがそう言うならそうなのかもね」





「シェリー、またシーフ見てるの?」

「え?」

「え?って気付いてないの?貴方ずっと見てるわ」

「そ、そんなこと…」

「もしかしてシェリーって…」

「なによ」

「シーフが好きなの?」

「なんでよ!なんで私がシーフを好きなの!?」

「だってあーんなに熱の籠った目で見てたら気付くわよ。シーフも気付いてたりしてね」

「…え!?そ、そうなの!?シーフ気付いてるの!?」

「あら、認めるのね。シーフが好きなこと」

「〜っ。メアリー、貴方面白がってるわね」

「だって男になんて全く興味なかった貴方がつい半年前に来たシーフに骨抜きなんだもの。面白いじゃない」

「メアリーの馬鹿!」

「応援してるわよ。貴方達、お似合いだもの」

「…ありがとう」




それからシェリーは柴崎を目で追い続けた。心の中では恋心を抱きながら、それを悟られないように振舞っていた。そして、柴崎が組織に潜入して一年が経とうとしていた。



「〜♪〜♪…あら、シーフだわ」


人通りが少ないこの場所。射撃訓練場の中にあるが、なかなか人なんて来ない。と言うのも、弾や的が置いているだけで、それらを扱うのは管理人だけだからだ。シェリーは自主練をしに来たが弾がなかったためこうして取りに来たのだ。


「(電話?邪魔しちゃダメね)」

弾だけ取ってゆっくり、足音を消して帰ろうと気配を消していた。シェリーも気配を消すのが上手く、柴崎に並ぶ。



「…分かっています。ほぼ情報は頭に入れています」

「(情報?)」

「はい。…では、また連絡します」



─────ミランダ長官




「(ミランダ…長官…。…ミランダって、あの…FBIの、ミランダ・ハリベルト…?じゃあシーフは…)」


シェリーは手に持っていた弾を床に落としてしまう。カラン…と響く音。それに気付き柴崎は振り返り音のした場所を見る。そこには青い顔をした、


「シェリー…お前…」


シェリーがいた。



「シーフ…貴方…、FBIの人間、なの…?」

「っ」


1人にバレればそれは流れるように漏れていく。そうなる前に、始末しなければならない。柴崎は腰の後ろに掛けていた拳銃に手を伸ばす。幸いここは射撃訓練場。弾音一つしても、気付きはしない。

後ろに手を回した柴崎を見て、シェリーは声を上げた。


「言わないわ!」

「……」

「絶対に言わない!誰にも、仲間にも友達にも言わないから!」

「…保証がどこにもない」

「っ、保証なら、ある…」

「?」


シェリーはぐっと手を握る。

「私が告発したら、貴方はここから消えてしまうでしょ。気配を消すことも、射撃をすることにも長けている貴方はきっと難なくこの組織を脱せれる。…でも、そうしたら私はもう、貴方に会えない…」

「…じゃあ逆にこのままお前が告発しないで、いつか俺が任務を終えてここを出た後どうなる」

「っ」

「FBIのスパイに加担したとなって、消されるんだぞ」


どちらを取ったって、シェリーには悪く転んだ。



「…やっぱり、シーフは優しいね」

「え?」

「こんな時まで、私の心配するんだもの」

「っ、あのな、シェリー、俺は…「シーフ」」

「…私、貴方が好きよ」

「!」

「優しくて、強くて、心配性。そんな貴方が好き」


好きだからこそ、言わない。シェリーにとって、彼が不利になる事はしたくはなかった。



「シェリー…」

「どちらに転んでも、私には何の利益もない。告発すれば、貴方に逢えない。きっともう二度と。告発しなければ、それこそ貴方を知ることも見ることも叶わなくなる。逢えなくても、生きていれば貴方の情報は得られるもの」


ゆっくり近付くシェリー。



「心配、してるんでしょ。私のこと」

「…これでも、シェリーといる時間が一番長かったからね」

「なら……、…私も一緒に連れてって」

「っ!馬鹿言うな!何言って…!」

「分かってる!」

「っ」

「分かってる…。馬鹿なこと言ってるの、分かってる…。…心配してくれる貴方につけこんで、こんなこと言うの、最低よ。でもそれくらい好きなの。…シーフ、私を連れてって」

「…FBIに来ても、居場所なんてない。たとえ俺がお前を庇えたって、限度がある。シェリーにとって、敵陣にスパイと共に行くなんて、それこそ死にに行くようなものだ」

「最期の瞬間まで、貴方といれたなら、それだけで幸せよ」

「……命を粗末にするもんじゃないよ」

「ふふ、ごめんね」




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