シェリーは柴崎と組織を抜けることを決意した。それから何もなかったように振る舞うシェリー。柴崎も、同じように前と変わらない様子だ。
同期と楽しそうに話すシェリー。それをたまたまその場に居合わせた柴崎が目にする。
「あははっ!本当に?」
「なにそれ面白い〜!」
「私も見たかったなぁ」
笑う顔を見て、柴崎は目を逸らし歩いていく。
シェリー。俺はたとえお前がどんなに連れて行って欲しいと泣いたとしても、お前を連れて行かない。連れて行ってどうなる。着いた先はお前にとって地獄だ。その中で生きるのと、もう2度とお互い会わずに生きるのと。どちらを選ぶことが賢いかなんて明白だ。わざわざ自分から死に場所を選んで歩む必要なんてない。
「(だから、来ないでくれ。追ってくるな。俺なんて、忘れてしまえばいいのに…)」
真夜中。柴崎は外に出る。抜けるのだ、組織を。1人で。
周りに気を配り、自分以外の気配がないか探る。ないことを確認し、予め長官にメールを打った待ち合わせ場所まで歩く。
暫くすると、車が見える。そこからFBIの関係者が出てくる。顔見知りだ。名前は確か…ブラックだ。手を振ってるのが分かる。これで帰れる。なんの証拠も、跡も付けずに。シェリーを傷付けず、殺さずに。
「ッッシーフ!!」
「!」
聞こえるはずのない声。
「なんで…」
「シーフ…っ!」
「…っ、何で来たシェリー!帰れ!」
「嫌!」
「我儘言うな!お前のために言ってるんだ!」
「貴方1人でここを出て行くことが私のためなら、そんなの貴方の押し付けよ!!」
「…っ、俺の押し付けでもなんでもいいから!何のために俺とお前に関する資料を捏造したと思ってる!これから先、シェリーが生きていくために…「貴方がいないなんて!」」
「…貴方が隣にいない未来を歩いたって、幸せでもなんでもない…!!」
「アドニス!追手が来た!急いで車に乗れ!」
「ブラック…っ」
シェリーの後ろからは組織の人間。ここで捕まれば何のために潜入し、情報を得たか分からない。なのに、どうして足が動かない。
「行かないで!!シーフ!!」
「シェリー・ルマンド!その男と仲間か?」
真夜中な為、あちらからこちらの顔までは見えない。
「っ違う!彼女はたまたまそこで会っただけだ!」
「ええ!仲間よ!」
「アドニス!急げ!!」
「なら、危険因子は消す。後ろの男もだ」
後ろで急かすブラックの声。拳銃を向ける組織の人間。命の崖に居るシェリー。
「っ、馬鹿」
自分に背を向けていたシェリーの腕を掴む。撃たれる銃。その弾が、柴崎の右腹部に擦る。
「っ!」
「シーフ!怪我…っ!!」
向けていた背を組織の人間に向けた途端、シェリーは撃たれた。力無く倒れてくるシェリーを柴崎は支える。自分の着ている服も、彼女が来ている服も赤く赤く染まる。
「シェリー!」
「…っ、シー、フ…」
「っ、だから、帰れって言ったんだ…!来ればこうなることくらい分かってただろ!死に急ぐ必要なんてないのに…なんで…っ」
「好き…だもの…」
────最期の瞬間まで、貴方といれたなら、それだけで幸せよ「ごめん、ね…。命…粗末に…扱っちゃ、た…。…でも、許して、ね… 」
「アドニス!!」
「ッ」
腕に抱くシェリーは虫の息。消えてしまうのも時間の問題だ。…連れては、行けない。
「…ごめん、シェリー…っ」
床に寝転ばせる。撃とうとしてくる組織の人間の足元に備えの拳銃で撃つ。そして柴崎は、倒れるシェリーを置き去りにし、去った。
「シー…フ…」
自分に背を向けて離れていく背中を見る。貴方は、元居た巣へと帰っていく。貴方と共に行けなかったけど、貴方は最期まで私を心配して想ってくれた。…最期まで、貴方は私を愛してはくれなかった。でも良いの。私の想いを押し付けて、貴方の重荷にはなりたくない。
────好きよ。誰よりも、貴方を愛している。もしも叶うなら…来世では、貴方と一緒になりたい。
バタンッ
「はぁ…っ、はぁ…っ」
「…車を動かせ」
「はい」
走って車に乗り込んだ柴崎。雪崩れ込むように座席に座ると、車は動き出す。整わない呼吸。ジクジクと痛む横腹。
「……申し訳、ありません。長官…」
「なにがだね」
「…隠密に事を済ませるはずが…、手間取りました…」
「…アドニス。君が謝る事はなに一つない。良くやってくれた」
「っ」
長官に背を向け、座っていた柴崎は肩をピクリと動かす。
「…長官」
「…なんだ」
「…俺には、スパイは向かないようです…」
「……あぁ、その様だ。……辛い思いをさせて、すまなかった」
「っ、いえ」
握りしめたその手の平から、ぽたりぽたりと赤を流し、車を汚した。
「…自分が居たせいで、シェリーの人生を狂わせた。生きれるはずの命を落とさせてしまった。そう言っていた」
「「「「…………」」」」
「あいつがイリーナからの想いを拒んだのは、イリーナが彼女の様にならない為だ。自分への想いを抱く事で他が鈍り、危険にさらしてしまうなら、いっそその想いを拒んで傷付けて、もう二度と思わせないようするためにな」
「…泣いていましたか、柴崎先生は」
「…いいや。泣かなかった。ただぼんやりと酒の入った手元のグラスを見ていただけだ」
「そうですか…」
生徒の顔が暗くなる。いつも優しくて守ってくれて教えてくれる柴崎が、そんな過去を背負っていたとは。あの笑顔の奥に、あの微笑みの奥に、あの優しさの奥に、どんな想いを押し込めていたんだろうか。それなのになにも知らない自分たちは、イリーナへの言い方はどうなんだと、責めてしまった。
「では尚のこと、枷を外してやらねばなりませんね」
「「「「へ?」」」」
「あのな、そう簡単に言うが、一体どうやって…」
「簡単です。イリーナ先生にもこのことを理解してもらい、彼のトラウマを破ってもらうのです」
「「「「は?」」」」
「で、でも、イリーナ先生今どこにいるか分からないし…」
「話を聞いてくれるかどうか…」
「大丈夫です!なんだかんだ、イリーナ先生は柴崎先生LOVEなので、一大事だなんだと言えば聞いてくれます」
「「「「(それってどうなの!?)」」」」
「そして烏間先生」
「なんだ」
「貴方は柴崎先生を支えてあげてください。これからも」
「………」
「この事を酒を飲んだと言え話したという事は、それだけ貴方を信頼している証。酒を飲んでいても柴崎先生なら口を開きませんからねぇ。…イリーナ先生によって外されかけた枷を拒みそうになったら、背中を押してあげてください。貴方にしか出来ません」
「…分かった」
「もう4年、苦しんだのなら…十分だとは思いませんか?」
「…、あぁ、そう思う」
「でしょう?…ではでは、真相も分かった事ですし、今日はこれで解散にしましょう」
「「「「………」」」」
帰路につく生徒達は暗かった。
「…もう、7ヶ月だよね」
「え?」
渚の言葉に杉野が反応する。
「柴崎先生と、一緒にいるのって…」
「あぁ…、そうだな…」
「なのに僕ら…何も知らなかった」
「優しくて、強くて、怒ると怖くて、でも…いつも見守っては手が必要な時に必ず差し伸べてくれる人…」
「…俺ら、柴崎先生に何してやれんだろうな…」
「…枷を外すのはビッチ先生の役目」
そう言って頭の後ろで手を組むカルマ。そんなカルマをみんな見る。
「隣に寄り添ってあげるのが、烏間先生の役目。…なら俺らはさ、見守って支えるのが役目なんじゃね?」
「「「「!!」」」」
そうだ。いつも見守って、支えてくれるなら、今度は自分たちがしてあげたらいい。特別な事はしなくていい。きっと、柴崎先生は遠慮するから。なら、今出来ることを、してあげればいいんだ。
一つの答えに辿り着いた生徒達の顔にはやっと笑顔が帰ってきた。そして、この事を1日でも早くイリーナに知ってもらおうと思ったのだった。
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