キーを打つ手が止まる。
「……」
羅列する文字を目の前にしてもその内容は頭に入らない。どこか集中力が途切れる。
「、…どうした?」
「…、…なんか集中出来なくて…」
「……」
人一倍集中力のある柴崎の発したその言葉。それに僅かながら烏間は眉を顰める。
「良かったのかな、って…、…今更思ってさ」
「…渚くん達に話した事がか?」
そう尋ねれば、彼は複雑そうな表情を浮かべながら薄く笑った。
「あの時の事を例に挙げたかったわけじゃないけど、あの子達に気持ちを押し殺してまで今を過ごして欲しくなくて…」
けれど、あれは果たして正解だったのだろうか。…なんて、今更どうする事も出来ない思いが浮かぶのだ。殺すべきか、殺さざるべきか。相対する2つの答えに迷って、結果「本心を殺す」という道は酷く息がし辛い。そして後悔の念というものが、何処までも何処までも付き纏ってくるのだ。
「…らしくないね。こんな事考えるなんて」
苦笑のような、そんな笑みを零して話す柴崎に、烏間はそっと口を開いた。
「選択肢を与えたんだ」
「え?」
「…お前は彼等に選択肢を与えた。二つの道が目の前にあった時、決して妥協しない術を教えたんだ」
これから先、人生の岐路に立つ機会はまだまだあるだろう。その度に悩み、考える筈だ。自分にとってベストな道はどれなのか。
「選択を迫られた時、人は必ず何かを捨てなくてはならない。迷う事は悪いわけじゃないが、何にしたってタイムリミットは付き物だ」
「…、」
「…それが長いか短いか、そんな事は様々だろうが、…お前は例えどちらであっても「気持ちを押し殺した道」を選ぶなと彼等に教えてやったんだ」
だから間違ってなんていない。何1つとして。
「…柴崎、大丈夫だ」
「…烏間…」
言われた彼からの言葉に柴崎は少し肩を下す。もやもやとしていた気持ちが少し晴れたのだ。
「ありがとう」
「良い。俺も助けられたからな」
「? 何かしたっけ?」
「…俺が悩んでいた時、お前も俺に答えをくれただろ」
烏間が悩んでいた時。恐らく学校が始まる前、海で話したあの時の事だ。
「…っふふ、ならお互い様だね」
「ふ、…あぁ」
人はいつだって悩む。その種は小さい事柄だったり、大きな事柄だったり…。人間は感情を持つから、それに気持ちを左右され揺らいでしまう。だがいつだって、どんな時だって、結局答えを出すのは自分自身。周りの手が幾らあろうとも、己の道は己の手でしか切り開く事は出来ないのだ。
ガラッと扉の開く音がした。そちらに目を向ければ警官姿の殺せんせーが。
「少し出陣してきますね」
「「は、?」」
「何やら生徒達が騒めいている様ですので」
それだけを言い残すと、彼は裏山の方へと向かって行った。
「…どうやら、割れた様だな」
「…全員が全員、同じ意見なわけないだろうしね」
殺す側。殺さない側。彼等は今1つが2つに分かれたのだ。それぞれが己の信念を曲げないために。
柴崎はかたり、と席を立つ。視線は裏山だ。
「行くのか」
「最後まで監督するのが、俺と烏間の任務じゃなかった?」
「…っふ、そうだな。…見届ける義務はあるか」
そう言って彼もまた席を立つ。扉の方に向かい、引き手に触れた。
「まだ悔やんでるか」
「まさか。お陰でスッキリしたよ」
互いに1度顔を見合わせれば、2人は教員室を後にした。向かうは生徒達のいる裏山だ。
途中会ったイリーナと共に3人が裏山に向かえば、そこには生徒全員が揃っており、何やら空気は荒れていた。しかし先に着いていた殺せんせーだけは違った。
「中学生のケンカ、大いに結構!!でも暗殺で始まったクラスです。武器で決めてはどうでしょう?」
手にはライフルに拳銃を持ち、彼はそう言う。取っ組み合いの喧嘩になっていたのであろうが、彼のその言葉で一同は動きを止めずにはいられなかった。
「「「「(事の超本人が仲裁案を出してきた!!;;)」」」」
なんて変わらない通常運転。全くもって彼はいつも通りだ。格好はあれだが、いつだって彼等・生徒達の心を尊重し動く。
そこで殺せんせーはあるものをその場に置いた。
「!…あれは…」
「…赤と青のBB弾だね」
用意されていたのは赤と青、二色のBB弾。そしてインクを仕込んだ対先生ナイフにチーム分けの旗と腕章だ。
「先生を殺すべき派は赤。殺すべきでない派は青。まずしっかり全員が自分の意志を述べて…、どちらかの武器を手に取って下さい。この山を戦場に赤チーム対青チームで戦い、相手のインクを付けられた人は死亡退場。相手チームを全滅か降伏させるか。敵陣の旗を奪ったチームの意見を…クラス全員の総意とする!」
これを承諾すれば、互いのチームは勝っても負けても恨み無しということになる。きちんとしたルールを敷いた上での勝負。彼は生徒達全員にその取り決めを与えた。
「楽しそうだな、殺せんせー。自分の生死に関わる問題なのに」
「ここに来て力技で決めるのかよ…」
岡島と寺坂の言葉に彼は掛けていたサングラスを取りながら口を開く。
「多数決でも良いですが、それも一種の力技です。この方式でも多人数有利は変わりませんが…、この教室での一年の経験をフルに活かせば人数や戦力で劣るチームにも勝ち目がある」
《殺せんせーを殺す為に付けてきた技術》
皆が同じ時間、同じだけ訓練をし、同じ環境の下で力を付けてきた。伸びに個人差はあれど、学んできた事は同じなのだ。殺せんせーはその学び、得てきた技術で互いに真っ向勝負をしろと言ったのだ。
「先生はね、大事な暗殺者達が全力で決めた意見であればそれを尊重します。最も嫌なのはクラスが分裂したまま終わってしまうこと。先生の事を思ってくれるなら…、それだけはしないと約束して下さい」
発せられたそれは殺せんせーの願いの1つ。そして何よりも望まない結末。生徒達は彼のその言葉にそれぞれが意見を言い、殺す側、殺さない側へと分かれていった。一年を振り返り、教わってこと全てを踏まえての自分の想いに信念を持って。
その様子をずっと見ていた柴崎は思う。結局、アレはこうなる事を分かっていたのだろう、と。
「……本当、侮れないね」
ぽつり。そう呟いた彼にイリーナと烏間は目を向ける。
「侮れないって…」
「どういう事だ?」
「分かってたんだよ、こうなるって事を」
「シバサキが?」
「違う。…あいつだよ」
柴崎の視線の先を追えば、生徒達一人一人の意見にいつもの笑みを浮かべて頷く殺せんせーの姿があった。
「生徒達が悩んで出した答えが満場一致しない事も、それで対立してしまう事も…。……生半可な決定手順じゃ、彼等が納得しないことも、…全部分かっててあんな用意してたんだよ」
幾らマッハ20とはいえ、未来を先読みして…なんて、魔法のような事が出来るわけがない。…彼は分かっていたんだ。自分の問題で生徒達が悩み、そして何れ、必ず答えを出すことを。その答えに全員が納得するはずがなく、1人2人は反対者が出るであろうことを。
1年間という長く短い期間。彼、殺せんせーは生徒達と共にその時間を過ごし、そしてずっと見てきた。どの子も皆、真っ直ぐで、優しくて、何においても一生懸命であると分かっていた。だからこそ殺せんせーの予想する未来に、この出来事は存在していたのだ。
「…何処までも生徒、生徒。…もっと自分の為に生きたら良いのにね」
1に生徒、2に生徒。3に…生徒。そんな彼に柴崎はそう思わずにはいられなかった。
側で彼の言葉を聞いていた烏間とイリーナは少しして互いに小さく笑いを零した。
「っふふ、それあんたが言う?」
「え?」
「くく…っ、確かにそうだな。お前が言えた台詞じゃない」
「え、」
両サイドからの言葉に柴崎は分からず首を傾げる。
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