「お前も自分より人だろうが」
「…、」
「いつ見たってあんたは誰かの為に動いてて、自分の為になんて殆ど動かないじゃない。だから私やこいつが代わりに動いてんのよ?」
「ほぉ…。いつお前がこいつの為に動いたんだ?」
「あんたね…っ!」
烏間のそれにカチンと来るイリーナは軽く青筋を立てた。しかしなんとかそれを落ち着かせ、1つ咳払いをする。
「…っごほん。…まぁあれよ。あいつも言ってたけど、あんたら2人ってなんか似てるわ」
「境遇然り、…そういう点の中身然りな」
「……そうかな」
「そうなのよ」
「嫌ならもう少し自分に構うんだな」
「えぇ…」
困った様な表情を浮かべた彼に、イリーナも烏間も静かに小さな笑みを一つ。
「……まぁ俺のことは良いとして、」
視線の先。分かれて行く生徒達の姿をその目に映す。
「…結果がどう転んでも、あの子達が納得出来る形になると良いね」
「あぁ…。…あいつもそれを望んでいるだろう」
どうか誰もが後悔しない道を選べる様に。どうかまた笑える様に。どうかまた…、同じ先の未来を向いて歩めるようにと。
「烏間先生、柴崎先生」
今生徒達は着替えるためにこの場を離れている。残るのは先生側のみ。殺せんせーは立っていた烏間と柴崎に声を掛けた。
「戦いの仕切りを任せても宜しいですか?」
「…中立的な俺達が贔屓目なく判断を下す為にか?」
「えぇ。私は上から彼らを見守ります。ですので現場の判断を貴方方お二人に任せたい」
国と生徒達との間に立つこの2人なら、審判に最も適している。そう殺せんせーは判断し、その役目を彼等に託した。
「…構わないよ」
「ありがとうございます」
きっと彼1人でもその判断は出来たであろう。しかし彼は見たかった。己の心の内に秘める闘志をぶつけ合う生徒達の熱い想いを。行動を。目を。
頷いた2人に殺せんせーは小さく笑い、またありがとう、と零した。そんな彼に背中を向け、2人は校舎へと向かう。審判をするならそれに適した服装に着替えるべきだと判断したのだ。
「…ま、振られるとは思ってたけどね」
「予想はしていた。あいつは高い所でこの始終を見守るだろうとな」
殺す形になっても、殺さない形になっても、殺せんせーは下された結果を受け入れるだろう。そして彼はどちらに転ぶのかを大切にしていない。『生徒達の想い』を何よりも大切にし、尊重し、優先している。やはりどこまでも自分より生徒な彼である。
着替え、再び裏山へ。そこには生徒達が柔軟をしたり軽く体を動かしたりと準備をしていた。
「……柴崎先生」
後ろから声を掛けられ、振り向く。
「…どうしたの、潮田くん」
向いたその先には固い表情を浮かべている渚の姿があった。柴崎は彼がそうなる理由を分かっていながら、敢えて普段通りに返した。
「…僕は、」
「……」
「……僕は、殺せんせーを殺したくない」
強く、意志のある声で言われるそれ。柴崎の少し後ろにいる烏間にもその声は耳に届いた。
冷たい風が吹き抜けて、髪を揺らし、頬を撫でた。
「…強くなったね、潮田くん」
「え…?」
「初めて会った頃に比べて、随分と」
出会った当初の彼はクラスの中でも大人しい方で、正直なところ暗殺には不向きなのかもしれないと思った。…しかしどうだろうか。彼はその考えをひっくり返す程の暗殺者となった。
「俺は中立的な立ち位置にいる。だから君側にも反対側にもつけない」
「……、」
「それは烏間も同様のこと。……でもそれは君には関係のないことなんだよ」
「え?」
一歩二歩、柴崎は渚に近付いた。
「潮田くんにとって、俺と烏間がどの立ち位置にいるかはそう大切ではないはずだ。…君が1番大切に思っていることは、君自身の信念じゃないのかな」
「ー!」
「あいつを殺したくないという信念が、今の君にとって1番大切なもののように見える」
多くのことを教えてくれ、笑わせてくれ、怒ってくれ、喜ばせてくれた殺せんせー。そんな彼を殺したくない。渚の心の中にはその思いが何よりも強かった。それを柴崎は彼の目を見て静かに悟ったのだ。
「…最後までちゃんと貫くんだよ」
「柴崎先生…」
「あの時も言ったけど、君のその感情を何処かで殺して、捨てちゃいけない。…例えどう転んでも、君もあの子達も、お互いに後悔しない道を歩んで欲しい」
きっと今回のこの戦いは、その道を選ぶ為の試練。二分した思いをぶつけ合って、投げ合って、一つにする為の岐路だ。
「…さ、行っておいで。仲間が君を待ってるよ」
仲間。同じ信念を持つ、仲間。同じ想いを待つ、暗殺者。
「…はい。行ってきます」
声を掛けてきた時より強い意志を宿した瞳で柴崎と、そして彼の後ろに立つ烏間を見てから、渚は踵を返し歩いて行った。
「…予想していたか」
「ん?」
「彼があぁも成長することを」
烏間は去って行った渚の方向を見つめてそう言った。
「…全然」
「……」
「だから今になって驚いてるよ」
柴崎は青く、寒々しい空を見上げる。
「…どうやら能のある鷹は爪を隠していたみたいだ」
それは本人もこの暗殺教室を通して知ったことであろうが、それでも彼には何かしらの素質と才能があった。それらがこの一年の中で芽を付け、双葉を見せ、そして花を咲かせた。
「…なら、お前から見たその鷹は飛びそうか」
「…どうだろうね。初めから爪を見せていた鷹も中々に能があるから分からないや」
だが、恐らく彼はまだその爪の全てを見せてはいないだろう。そう話す彼に烏間は小さく息を吐きながら頷く。
「なるほど…。…まぁ、彼等は実戦で成長していくタイプだからな」
そして今回も、彼等は自分達が見た事のないような成長をするに違いない。
対立する両者チーム。パッと見た感じ、総合的な戦力では赤の殺す派チームが優位であった。
「戦力に差が出たか…」
「人数は互角なんだけどな」
主に各ジャンルのスペシャリスト達が赤に固まっている。戦力的には烏間の言う通り、少々差が出てしまった。
「…ある程度、頭脳戦になるかもね」
個々の動きにチームの動き。それが恐らくこの勝敗を左右する。2人は軽く状況を把握すると動き出す。
「では、俺と柴崎が戦いを仕切ろう。律は戦況を表示してくれ」
「はい!」
互いに対立する両者の間に立ち、説明と指示を出しいく。
「互いのチームの旗の距離は100m弱。俺達は中間点で勝負の判定を行ったり、ゾンビ行為などの反則を見張る。位置的に丁度あの岩辺りに柴崎が、そしてその向かいの岩には俺が立つ」
「今烏間が言った行為以外は、例え君達が何処から攻めようと俺達は知らないフリをする。…それと、その着用している体育着だけど、フードの中に内臓通信機と目を保護する極薄バイザーを追加したから、必要に応じて使ってね」
生徒達のフード内にある通信機から烏間と柴崎の声が聞こえる。彼等はその声を耳に、早速各々が作戦会議に出た。
「賭けだな…」
「一種の?」
「あぁ。…結果が今後を大きく左右する」
「…でも、迷いを抱えたままよりずっとマシだよ」
「……」
烏間は隣に立つ彼をそっと見る。柴崎と言えば、策を練り合う生徒達をただ真っ直ぐと見つめていた。
「…白黒付けて、また前に進んでくれたらそれで良い」
「……そうだな」
「うん…」
潜む生徒達の心、目、想いに宿る大義。それが普段以上の力を出させ、今までより遥かに大きな飛躍を遂げさす。
「両チーム、準備は出来た?」
無線マイクを使い生徒達問う。辺りの気配は自然に溶け込み、しん─…と音を無くす。静寂が生まれた。しかしそれも、数秒後には呆気なく散ってしまうだろう。柴崎は烏間の方を向き、一つ首肯した。それに彼も同じ様に返し、片手を上げる。
「…では始めるぞ。クラス内暗殺サバイバル…、開始ッッ!!」
さぁ、緩やかな弧を描いた女神は、一体どちらに微笑むのだろう。
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