「…俺も柴崎も、国からの工作員だ」
「……」
「だが工作員である前に、1人の人間だ」
その言葉を聞いた柴崎は、自分より少しだけ前にいる烏間を見た。そんな彼は真っ直ぐと海と空の境目、地平線に向けていた目に柴崎を映した。
「…あいつと彼等が望む形にしてやりたい」
「…烏間…」
「現実問題、国の事もある。そんな事百も承知だ。……だが、それでもこんな考えが浮かぶんだ。…随分俺も染められた」
苦し紛れな笑みを口元に浮かべた。そんな彼を見て、柴崎は小さな笑みを零した。
「良いんじゃない、別に」
「……」
「悪くないよ、その考え。……全然悪くない」
「……そうか」
「うん」
また前を向いた烏間。柴崎は一歩だけ前に足を出し、彼の隣に立った。
「…考えても仕方のないことは考えない」
「……」
「だって未来は変わるものだよ。……行動すれば、いくらでも変えられる」
エンドのE組だからと腐っていた彼等は、今や一人一人が立派な意志を持っている。とても前向きな人間へと変わった。
殺し屋だった殺せんせーは雪村あぐりと出会い、そして彼女を通してE組の生徒達と出会い、人生が180度変わった。
イリーナは現役の殺し屋だが、今までとは違う環境で人と触れ合い、心から笑い、泣き、そして恋をし、良い方向に変わった。
「俺も変われた。だから素直になれた。…だから、一生伝えないつもりだった気持ちも伝えられた」
その言葉に、隣に立つ彼を見る。海に向いていた柴崎の目は先に向けられていた烏間の目と合った。
「烏間もそうじゃないの?」
いつもの、柔らかな笑みを携え尋ねてくる彼を見て、烏間もまた小さく笑った。
「…あぁ、俺も変われた。新しい事も学んだ。前へ出ては戻っての繰り返しだった気持ちも、やっと伝える事が出来た」
この任務で子供達から多くのことを学んだ。そしてこの任務で彼のトラウマを消せて、…やっと、やっと想いが通じ合えた。
「これからの事をこれ以上考えても、頭が痛いだけだよ。……流れに身を任せるのも良し。あの子達の意見を尊重するのも良し。…あいつの意見を尊重するのも良し」
どれを選び何かをして、その先に待つ未来が暗殺者と標的の満足するものなら、それで構わない。まぁそこに国の口だしが介入すると、これまた厄介なのだが。
「……未来は分からないことだらけだ」
「…だが、だから人は成長出来る」
「ふふ、…確かにね」
読めた未来など面白くない。書き記されたシナリオ通り進むのは詰まらない。見えず、分からずな世界だから、人は悩み考え、未来を生きて行くんだ。
「あー、もう寒い。真冬に海とか駄目だね、時期じゃない。俺は先に車の中戻るよ」
寒い寒い、とコートの中に手を入れたまま肩を竦めて海に背を向けた。ザクザク、と砂を踏みしめて砂浜を歩いていく。そんな彼を振り返り、烏間は先行くその背中に声をかけた。
「柴崎!」
「なにっ?」
足を止めて振り向き、歩いた為少し距離の離れた場所にいる烏間にそう尋ねる。
「助かった」
「……」
「スッキリした、ありがとう」
別に普段からそう言った言葉を聞いていないわけではない。…だがほんの少し、こそばゆい感じがした。
「…別に、…珍しく要件もなにも言わないで『9時に駅にいろ』なんて言うから…」
「……」
「お前は殆ど顔にも口にも出さないけど、心の中じゃ色んなこと考えてるんじゃないかって思ってた。…悩んで、良い答えが出ないで悶々としてるんじゃないかって。……だから、逆にこうして話してくれて良かった」
烏間から逸らしていた顔を今一度向けた。真っ直ぐお互いをその目に映す。
「相棒のお前を支えるのが俺の役目でしょ。スッキリしたんならそれで良いよ。滅多に見せない悩んだ顔が見れてホッとした」
「…なんだ、それ」
「烏間もちゃんと人間なんだなって思っただけ。……っていうのは冗談で、……本当、たまには言ってよ、そうやって」
「………」
「悩みのない人間なんて居ないんだから。答えが見つからないなら、今みたいに話して。一緒に考えるから」
考えて、考えて、考えて。もやもやを抱いて表情を曇らせてしまうなら、誰かに話すのが1番。その誰かがたった1人しかいないのならそれでも構わない。口にするのとしないのでは違うのだ。
烏間は目を閉じ、息を吐きながら小さく笑った。
「……随分頼りになる相棒を持ったもんだな、俺も」
「幸せ者だよ、こんな相棒がいて」
「くくっ、自分で言うな」
「ふふ。…ほら、もう帰ろう。歩いてから気付いたけど、車のキー烏間が持ってるんだからお前が来てくれないと俺乗れないよ」
「今行く」
砂を踏みしめ烏間も海に背を向ける。立って待っていた柴崎の近くまで行くと、2人は並んで歩いた。
「でもさ、呼び出すのは全然良いけど冬場の海はなしね。完璧チョイスミスだよ」
「まぁ寒いには寒いな…。…、」
「っ!」
頬に当たる温かい何かに柴崎はビクッと肩を上げ隣に居る烏間を見る。
「寒いんだろ?」
「…いや、確かに寒いし凄い有難いけど、出来ればもう少し早い段階で欲しかったかな…」
頬に当たったのはカイロ。烏間は柴崎の為に持ってきていたのだ。手渡されるそれをポケットから手を出し受け取れば礼を言う。じわり、とカイロから伝わる温かなぬくもりに柴崎は息を吐いた。
「烏間、今からでも良いから走って車の中暖めてきて」
「もうそこだ。あと少しだけ我慢しろ」
「あと少しが長い…」
「…時間的に昼か」
「ん?…ああ、本当だね。…適当にコンビニで済ま…「却下」…なんで?」
「もう少しちゃんとしたもの食べろ」
「………今年最後の日まで過保護だよ」
「年が始まっても変わらない」
「だろうね。…烏間何食べたい?」
「俺はなんでも食べれる。問題はお前だ」
「……、車の中で考えよう」
「(逃げたな)」
とは言ったものの、車の中に入って考えても全く浮かばず、結局食に関心のない柴崎はもう何でもいいと最終烏間に投げた。
「なら今年最後に精が付きそうなものでも食べ…「待って、考える。もう一回考えるから待って」
「浮かばないんだろ」
「浮かばせるから。どうせ肉系統でしょ。嫌だから待って」
「(…と言われて待つ辺り、俺もこいつに甘いな)」
助手席で悩む柴崎の姿を一瞥する。ここ数日感じていた靄。烏間はそれが今やっと彼に会い、話したことで晴れた感じがしたのだった。
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