愛では済まされないものの幾つか

 ダンゾウ様は秘密主義なお方で身内もいないのでその腹心と揶揄されるわたしたちでも知っていることなんて一ミリもない。
 しかしわたしはダンゾウ様がかつて二代目様の護衛小隊にいたことを知っているし、ダンゾウ様が誰かを――心から――「様」付けするのは二代目火影扉間様以外にいないことを知っているし、三代目様の失脚を狙っているけど一回も成功したことがないことを知っている。これだけで十分ではないか。

――その人を知りたければ、その人が何に怒るのか知りなさい。

 嘗てわたしの友人だったかもしれない声変りの早い少年は、一つ年下のわたしが来る日も来る日もダンゾウ様の姿を目で追っているのを見て笑いながら教えてくれた。
 なるほど!ダンゾウ様の怒りの矛先を知ればダンゾウ様をもっと知ることができるのだな。

――ダンゾウ様が怒りをあらわにされたところ、見たことがない……。
――任務失敗の報告をすれば勿論お怒りになるだろうけど、そういう状況ってなかなかこないだろうしねえ。

 暗部、ましてや根の人間で任務に失敗すること滅多にない。
 任務失敗報告を誰かがするとき、その任務そのものを申し付けられた者は既にこの世にいないことが殆どであり、誰かがミスしても必ず別の者がカバーする形で常に最悪を免れるよう設計されているからだ。ダンゾウ様は必ず”最悪”にならぬよう二重三重で保険を掛ける。

――昔、三代目様が雨隠れの自警団に支援を申し出たときに、なにかお怒りだったような。
――先輩、そうなのですか?
――二人ともまだここにいなかったからね。あとは……
――……ぼくは、授与式で見ました。三代目様がうちはの誰かに勲章をお授けになっていたときに……。

 わたしの教育係だった先輩と友人とから聞く話をまとめると、三代目様に関わることでどうやらお怒りになるようだ。
 えーとじゃあダンゾウ様は三代目様のことが大嫌いで……でも二代目様のことは大好きだからしょうがなく仲良くしている。でも三代目様に内緒でコッソリ暗殺や根回しをしているから、じゃあ三代目様への”嫌い”が、二代目様への”好き”より大きいってことなのかな?三代目様のどこがお嫌いなのだろう。ああ、ダンゾウ様を知るにはまず三代目様――猿飛ヒルゼン様を知らなければ。
 わたしは三代目様をもっとよく知ろうと思って沢山沢山働いた。その働きぶりは先輩だけではなくダンゾウ様の目にも止まるものだった。

『アレを調べたのはお前か』
『はい、ダンゾウ様』
『確か今回のコードネームはウサギだったか。……よい働きだ』

 それ以来ダンゾウ様は、任務やコードネームが変わってもわたしをウサギと読んでくださる。



「ダンゾウ様!昔は”お前は使える奴だ”って言ってくださったじゃないですかぁ!!」
「黙れ。ウサギ、もう一度口を開いたらその命ないものと思え」
「…………………………………」

 ダンゾウ様に解雇通告を言い渡されたわたしは今根の本部の更に奥にある調節室に向かっている。強い幻術と医療忍術にかけて記憶と精神を縛る、根の者御用達のあのお部屋である。
 どうしよう涙が止まらない足元に延々と涙の地図が続いている。水のないところでこれほどの涙を出せるなんてやはり天才か?でも天才は任務失敗なんてしないからやはり馬鹿だ。このまま本当に根から解雇されてしまうのだろうか?わたしはこんなに一生懸命愛して、じゃなかった働いているのに……!
 ……大体あのお面がスケスケスケルトンだったのがいけないと思うんです。

「よし口を開け」
「………ダンゾウ様お許しください。わたしはまだ根にいたいです」
「お前は根としての自覚がない。足りないのではない、無い」
「あります!」
「どの口が言うか、根の掟を唱えてみよ」
「根に感情はない、」
「そうだ」

 カン!と杖の強い音が響き渡り反射的に身体が震えた。根の子どもは度重なる訓練や教えによりダンゾウ様の杖の音を聞くだけで反射的に硬直してしまう者が少なくなかった。

「感情のない人間は涙など流さぬ」
「これは感情のない涙です!」
「ならば貴様の身体がだらしないのだ。泣くな!次に泣いたらその眼抉り出すぞ」

 目を抉り出しても涙腺を取らなきゃ涙は止まらんのでわ?と思ったが怖かったので黙った。ぐぐぐっと口を噤んで一生懸命涙を堪えたらなんとなく止まったような気が……止まらない…。

「…………………」
「……貴様本当に失明したいか」
「違います!目を抉り出すよりももっと早く涙を止める方法があります!」

 このままでは視界を奪われてしまう!目に入れても痛くないダンゾウ様のお姿を目に入れることができないなんてなんたる地獄!

「解雇しないと言ってください」
「解雇するとは言ってない」
「ホラ止まった」
「ふざけているのか」

 ヒィィィィィ怖いよ先輩助けて先輩!心の中でわたしの教育係だった先輩につい助けを求める。甘ちゃんなので一人前の暗部になったあとでもあの先輩はわたしの心の乳母なのだ。
 どんな時でも冷静に己の役目を見つめ直し果たすべし。そうだ冷静に己の役目を……あ?よくよく考えたら今ダンゾウ様と密室で二人きり?……こ、これは…めちゃめちゃトキメキ展開じゃないか!押し倒さなきゃ!確かこういう時は押す…押すのが大事だと本で読んだ。いやだがWait,Wait please,押し倒すtowa?!どうやって??
 ダンゾウ様はため息をついて、一旦不自然に息を止めると聞き取れないほどの声で低く唸った。

「貴様のそれは、恋だ」
「そうなんです、実はわたし……っ?!し?!?!?!???」

 バ レ て た ? !

「だが錯覚だ。貴様には親も友もおらぬ、そういう子どもは稀に己に近しい人間に対し押し殺していた欲求全てを向けるきらいがある」
「そ、そう、でしょうか……」

 わたしはダンゾウ様のお口から”恋”などというほろ甘く麻薬のような陽だまりの響きが漏れたという衝撃から戻ってこれずにいた。

「誠の忍に感情など不要だ。まだワシの部下でいたいならば全ての感情を殺せ。感情は憎しみを生み、憎しみは争いを生む」
「はい、精進いたします……」
「ウサギよ、次の任務を言い渡す」
「えっそれってまさかわたしはまだ解雇されない?!首の皮一枚つながったということでしょうか?!?!」
「貴様の言う通りその一枚の皮を己で切らぬよう努めることだ」

 首筋に何かヒンヤリとしたものが突き付けられている感覚がしてわたしは息をのんだ。
 こうして薄氷を踏む如きギリギリの何かを乗り越え、命の灯と共に舌の呪印を消されることもなくダンゾウ様との楽しいイチャイチャパラダイスは終わった。
 だがでかすぎる、衝撃が。
 命の灯は消えなかったが慕情がスケスケスケルトンだったことの衝撃が心の点穴に八卦六十八掌だ。はっは〜んなるほどね。ダンゾウ様の隠された右目には白眼が埋まっていたのかなるほど強欲、納得した。

 その後言い渡された任務内容はフォーマンセルでの密書強奪で、宛がわれたのはどう見ても囮役であった。死んで来いという遠まわしの命令をわたしは謹んでお受けした。


――拝啓、あのときの少年へ。
 元気ですか?五年越しの恋心がバレてて地面に埋まりたいが拙者まだ死にたくないでござる。
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