わたしの春を青くしたひと

 そのお方はわたしの全てだった。
 身寄りのないわたしを拾ってくれて、お話を聞いてくれて、仕事を与えてくれて、居場所をくれた。
 それは家族愛であり、友愛であり、信愛であり、帰属愛であった。そのお方の考えにわたしは頷き、右を見ろと言われれば右を見て、左を殺せと言われれば左を殺せた。しかしわたしはもう1つの情を抱いていた。そのお方に心酔する者や賛同する者は多々あれど、嗚呼、わたしと同じ悩みを抱く人はいるのだろうか。

――人はそれを”慕情”と呼ぶそうだよ。

 名は忘れたが、確か他の子より少し声変りの早い少年だった気がする。わたしと同じ幼くして根で育った者にそう聞かされたとき、心が晴れ渡るのが分かった。

――ぼじょ……?
――慕わしく思う気持ちのことなんだって。

 慕わしく思う気持ち。
 そうか!これが慕情!わたしは恋してるんだ!!!

 そうなったら話は早い。わたし(の心)はすぐさま根の本部基地を抜け出して、猿のように地上に駆け上がり青空の広がる火影邸の上に昇って、更に火影岩のてっぺんに立って、こう宣言した。
 ”未成年の主張!根所属6歳、コードネームウサギ〜〜〜!!”
 ”木の葉暗部育成組織根の長、志村ダンゾウ様――ッ!!!!”
 ”あなたをお慕い申しておりますーー!!”

……勿論、宣言したのは心の中でである。如何に”その耳は飾りか”と杖でぶたれ先輩に叩かれ耳にタコが出来るほど云われ続けたわたしでも、流石に自殺行為のなんたるかは理解している。
 こうして恋心を自覚した6歳よりかれこれ5年、遺憾ながらあの日までもあれ以降もダンゾウ様と楽しくお喋りどころか頭一つ撫でてもらったことはない。しかしだからこそ焦がれた。よしよしってやって欲しいし、あわよくば抱っこしてほしいしもっとあわよくば……な、なんでもない。わたしは10歳になった今でも、恋い慕うダンゾウ様に溢れんばかりの熱い想いを告げられずにいた。



「おいお前!」

 ちょっと暗部の者に成りすまして三代目の内緒話聞いて来い!っていうだけの簡単なお仕事を早くも頓挫させそうな声がかかり「ヒッ」とビクついた。

「な、なんでしょうか?!」
「見慣れぬ顔だな。この任務の顔合わせに居なかったようだが新入りか?」
「見慣れぬ顔と申されましてもお面なのですが」
「白眼で透かした」

 そんな面ならやめちゃえよチクショー!

「貴様まさか根のものか?!」
「い、イヤなにをおっしゃいますか!そもそもその言い方は語弊がありますよ、根は暗部育成機関でゴニョゴニョ……」

 おためごかしも三代目直々に選ばれた懐刀の彼らには通用していないっぽいのでわたしの毛穴からは汗がだらだら噴き出る。溶けそうじゃぜ。

「いや、大体ホラわたしみたいなポンコツが根に存在できるわけないじゃないですか!」
「ほう、確かにそうだな」
「ホッ」
「同様にして暗部にも居場所はないはずだな」
「ウッ」

 くっ、暗部のキツネ面の男はなかなかわたしを根の容疑から外してくれない。

「……根には、名前はない?」
「感情はない」
「過去はない?」
「未来はない」
「あるのは?」
「任務!!」
「連れていけ!!」

 そんなああああああ!?両脇に鼬面の男とキツネ面の男がきて腕を捕まれた。任務失敗。大した暗部だ、やはり天才か。
 とそのとき、わたしが常日頃焦がれる木の杖で石の床を突くこつこつ、という音と一緒にライナスが毛布を引きずるようなスッスッという衣擦れの音が響いた。反応する前に部屋の扉が開いた。
 
「何をしている」
「だ、ダンゾウ様………?!?!?!」

 ウワアアアアアダンゾウ様が来ちゃった!!どうしよう任務失敗シーン見られてしまった。見られっちまった哀しみに……わたしはカエルにでもなってしまいそうだ。

「あーーごめんなさい見ないで見ないで!任務失敗しましたぁ〜〜〜!嫌いにならないでくださっ!うわ〜〜〜〜〜!!」

 ダメだ、狼狽えてしまって言葉がうまく喋れない!そうこうしている間に零度だったダンゾウ様の視線は氷点下195.7℃にまで下がっていく。

「ウサギ……貴様、」
「待ってください待って!だってお面がだらしないからぁぁぁぁぁあ違うんですごめんなさい、あぁぁ〜〜〜〜ダンゾウ様だいすき、じゃなくて!」

 ふぇぇ、窒素も液体になるお声。

「うるさい……」
「……さすがに我慢の限界なんだが言っていいか?なんだこいつは」
「本当に根か?暗部なのか?」
「寧ろ木の葉ですらあって欲しくない」
「仲間だと思いたくない」
「ゴミクズ以下だが確かに此奴はワシの手の者だ、残念だったな猿飛の部下よ」

 ご、ごみくず以下?!?!未だかつて好きな人に”ゴミクズ以下”なんていう評価を頂いたことは13回くらいしかない。だらしないお面ですまない……。

「貴様にはほとほとあきれ果てた。もう根には要らん。好きにせい」
「いや暗部にも要りませんよこんなの」
「待って待って元来その二つは同じ組織の筈!みなさん仲良く!お面も揃えてることだし内部分裂よくないですよ!!っていうか待って〜〜〜やだよー!ダンゾウ様ごめんなさいもう次は失敗しません捨てないでください!うえッ!」
「もう言い訳は聞かぬ。貴様を選び、育てたワシのミスだ。大いなるミスだ。だが解雇の前に”後処理”があるついてこい」
「うぇ?!?!?!あとしょ、あ?!あぁぁあぁ?!?!」
「イヤ俺らの方を見られても」
「頑張れよ誰だかしらんが」
「頼むからウチには来るなよ」
「根も人員不足か、世知辛い世の中だ」

――拝啓、あの時の少年君。
 元気ですか?わたしは今、大変お慕い申し上げているお方から解雇の危機を迎えています。どうしよう泣いちゃう。
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