9歳 国境なき医療忍者@
 なにもかもがダメな気がした。

 もう自分の正体はみんなにバレていて、そのうち暗部が殺しにくるに違いない。今にも洞窟に追手が迫っていてもうここは包囲されているに違いない。身代わりになったガンマは油女一族の奴らに捕まって食い荒らされ、暗部や根の連中に徹底的に調べ上げられ、チャクラの痕跡とか指紋とかDNAとか昨日食べたユキ特製春菊の天ぷらの未消化部分とかからわたしと東雲家の情報を割り出しているに違いない。

 わたしは、自分が全く建設的なことを考えられていないと気づいていた。でもどうすることもできない。
 コゼツは、いつもの軽口は鳴りを潜めて言葉少なに手当してくれた。アカデミーで習った知識と教科書、あとは日向ヒザシの件で手に入れた薬やそれを使うとき適当に調べ上げた医療知識……まあそんな感じの危険な半端知識を元手に奮闘しているようだった。幸い、初任給で簡易的な応急手当グッズを買っていた。それの一番応用が効く――つまりたいして役に立たない――止血止めの札を左眼に張り、ホチキスで傷を塞いだ。
 とにかく里の中にいるのが恐ろしくて、結局その日は家に帰らなかった。コゼツは「病院に行かなきゃまずいよ」と言ったが、こんな夜中に、任務帰りでもなく左眼を怪我した下忍が救急外来なんて……まるで自分が犯人ですと名乗り出るようなものだ。わたしは何もかもが信じられなくて、とにかくすべてに疑心暗鬼になっていた。まあパニックってやつだ。

「病院なんて、いけないよ」
「じゃあどうするの?」
「わからない」

 喋るだけで頭と眼の間がガンガンと痛む。
 ていうか、わたし目が見えなくなったんだなあ。隻眼か…かっこいい……。
 とたんに左側の涙腺がじんわり潤うのを感じた。

「そのまま感染症になって死ぬよりは、今すぐ里抜けしてどっかの闇医者にみてもらうとか、追手がかかる前に病院に行ってそのまま里抜けする方がいいよ。そっちの方がまだ生存率が高い、マシってもんだよ……だいたい明日の任務でイタチやヨウジになんて言い訳すんの?」

 極度の緊張と出血で眠れず、身体のなかのチャクラをすべて回復にまわしたが焼け石に水だ。わたしは段々と白み始める空をぼうっとしながら眺めた。初夏のビロードのような美しい紺色の空が、群青、水色、うす橙色へとかわりゆくさまをただ眺めた。意識がもうろうとしていたがどうしても眠れず、気休めになんどか寝返りをうつとそのたびにコゼツが身体に毛布をかぶせて額のふきんを取り換えてくれた。



 紫雲山脈から見下ろす初夏の絶景すら、いまのわたしにはやさしくない。
 でも連絡もなくC級任務を休むことなんてできなかった。(後から考えればたかがC級任務、体調不良で一度休んだくらいじゃ家庭訪問もなくお大事にでおしまいだ。でも本当にこのときは頭がパニック状態で、冷静になれなかった。)とりあえずミラクル・忍術・チャクラパワーで血は止まったようだったが、なにか変な汁が目の中から常に漏れ出していたので大きいガーゼをあてて包帯を巻き、その上から額当てを斜めにつけた。
 隠れ家の場所まで探知されていた場合に備えて、日向ヒザシの眼(ガラス瓶で保管している)と幾つかの重要書類をコゼツたちに食べさせた。そしてまず任務前に家に寄った。

「サエ!あんた寝たふりしてこっそり出かけるなんて何考えてるの!?どこにいたの!!なんなのその怪我は!」

 案の定、不在に気づいたユキの制裁がきた。声が大きすぎて怪我に響く。でもそれに口答えする元気もない……。

「おいおい、目を怪我したのか?ちゃんと病院いったか?」
「うん、大丈夫」
「大丈夫じゃなくて理由と抜け出した先を言いなさい」
「……ともだちと夜遊びしてて」
「夜遊びって、まだ9歳じゃない。嘘言わないで本当のこと言いなさい」

 声が本当におおきい。うるさい。
 この家に生まれて一度もふたりを鬱陶しく思ったことはなかったけど、今回ばかりは”黙れ”と思った。

 この二人はわたしの本当の親じゃない。だからどんなに怒られたってへっちゃらだし、心配してほしいとか、放っといてほしいとか、評価されたいとかも何も思わない。不思議なことだけど……赤の他人だから大事にできることを最近のわたしは実感していた。もし本当の親なら、こんなふうに”理想の親子”みたいな関係は築けないことを知ってる。
 でも、だからって二人の人生をめちゃくちゃにしたいわけじゃないし、できたらわたしを育ててよかったと思ってほしい。これは特別な感情じゃなくて、自分に心を砕いてくれた高校時代のコーチに対して”インハイでいい結果出したいな”って思ったり、わたしごとき学生の進路相談に腰を据えて乗ってくれた教授に対して誠意をみせたいと思うようなそれだ。わたしは、ユキとスグリになるべくずっと幸せでいて欲しい。

――わたしが捕まったら二人はどうなるんだろう……。
――尋問されるくらいで済むんじゃないの〜?一般人だし。

 当然のごとくアカデミーをさぼったコゼツが、胸のあたりで返事した。不思議なことに、同化しているコゼツの声だけは傷に響かない。心底ほっとする。

――痛い……つらい。あの、あのー本当に、今回ばかりは終わったかもしんない。
――万が一のために遺書でも書いとけばよかったね。
――一応かいたよ。下忍昇格時に……提出したの見たでしょ。
――でもうそついてるだろ〜?

 胸の中でふふ、と笑った。こんなことならコゼツにはすべてを打ち明けていればよかった。

――は〜あ、本物の遺書をどっかに用意しておこうかな……ユズリハには知っててほしいし。
――そんな暗くなるなよ。運が悪かったね、こんなときに国外任務なんて。

 まったくそのとおりだ。最短でも四日はかかるこの任務、当然四六時中を班員と一緒に過ごす。その間一度も傷口の包帯やガーゼを替えないわけにいかないし、額当てからはみ出た鋭利な傷――左眉から涙袋の下あたりまでさしかかる刀傷――を誤魔化せるとも思えない。むしろどうして、洞察力の鋭い忍3人と一緒にいてバレないと思う?
 わたしは往来の激しい道路で、ひとりで誰かに相槌をうつみたいにこくこくと頷いた。しばらく立ち止まっていたが、やがて伏せていた顔をあげて歩き出した。木ノ葉版小町通りは朝の活気に満ちている。右手の店から香るウナギの匂いに吐き気を催しながらしばらく無言で歩き、集合場所の公園に着いた。

 イタチとヨウジはすでに待機していた。イタチは木の影に立ち、ヨウジは地面に座り……互いに黙りこくって目も合わせていない。この二人は本当にいつも静かだ。わたしが来るまでのあいだに、なにか二人で内緒話をしたりにこやかに歓談したという気配は一切ない雰囲気を醸している。
 顔をあげたイタチはわたしを見た途端、わずかに目を見開いた。

「………」
「……おはよ」

 普段の任務前、「おはよ〜!初任給でなにか買った?」とか「イタチおはよ〜、髪ゴムかわいいね」とか「ヨウジくんてゴキブリ平気?実はウチに伝説のGが出て…」とかちゃらんぽらんな挨拶をかけていたのが完全に裏目にでている。今日は頭も眼も痛くて、とてもそんなふうに声を出せない。なにより見た目に大きな注目ポイントがある。想像したとおりイタチに続いてヨウジまでもが顔を上げ、じっとこちらを見た。

「おはよう。サエ、その傷はどうした?」

――おおなんと!記念すべき初・イタチからの”おはよう”!

 こんなときじゃなきゃ嬉しいのに、なんで今日なんだろう。気持ちが悪い。吐きそう。
 わたしは「修行してて眼を怪我したの。すごくいたい」と小さな声で言った。無理して元気なふりをしても辛いし不自然だから、今の正直な心境を言った。

「そんな体たらくで任務に行けるのか?」
「体たらくって……あはは…、うん、頑張るよ」

 イタチは「そうか。無理するな」と言ったがまだ怪訝な顔でわたしを見ている。ヨウジは土を弄りだした。

 しばらくして水無月先生と依頼人が到着した。

「今回の任務の概要を改めて説明しよう。こちらにいらっしゃるのが、火の国大名仕えの織物商・梅黄さんだ。今回は梅黄さんを土の国・メノウ大名のお膝元まで護衛する。大戦が終わって5年が経つとはいえ、火の国と土の国はいまだ正式な和平条約を結んでいない。非忍の自由交流は認められてはいるがやはり危険が伴うということで、今回我々が護衛を引き受けることとなった。梅黄さんは五大国全土からお呼びのかかるとても素晴らしい機織りの名手であるからな、お前たち気を引き締めるように!」
「「ハッ」」
「……」

 そうなんだよ……。今日の任務はわたし史上初の護衛任務。護衛任務と言えば霧隠れ編!再不斬と白!
 こっちの世界には初めての護衛任務で何かが起きるというジンクスがあるが(※ない)、まさかこんな疲労困憊&這う這うの体で臨むことになるとは思っていなかった。本当はすこし楽しみにしてたのにな……。
 しかし、わたしの体調はそんな悠長なことを言っていられないほど悪化の一途をたどった。今回は忍独自の走り方で木々の間を駆け抜けたりせず、依頼人と同じペースで歩き、徒歩での移動を減らすため河に出て船に乗った。しかし火の国国境まで川を下り、宿を探し歩く頃には頭が朦朧とし脂汗が噴出していた。身体も頭も熱く、ジンジンと膨張しているように痛み、眼の奥から鼻の奥に味のついた液体が流れてくるのがわかる。肌着は汗を吸って冷たくなり、鳥肌が立っている。
 わたしは兵糧丸をなんとか飲み込んで一人先に休ませてもらった。水無月先生はイタチらと同様心配してくれたけど、「大丈夫か?傷をみてやろう」とまで言ってくれたので丁重に断った。こういうとき女だと、恥ずかしそうにしたり妙に嫌がるそぶりをしても怪しまれない。

――サエ、このまま任務乗り切れるの?
――ぜったい無理でしょ。中に入ってるボクだってわかるよ……

 コゼツとデルタが話しているのが聞こえたが、返事もできずに気絶するように眠った。昨日の夜眠れなかったのが嘘のように急激に睡魔に襲われて―――このままちょっとでも回復しますように……と願った。しかし翌日、身体は泥のように重くて気分はますます悪くなっていた。起き抜けに白湯を含んだ瞬間、布団に胃の中のものを全て吐いてしまったのだ。わたしはすぐトイレにかけこんだ。

「はーっ、はーっ、うぅ………」

 ヨウジに怪しまれる。はやくトイレを出ないと……。
 そう思うのに、吐き気は収まらない。それに今のうちに患部を消毒して止血の札を貼り直さないといけない。
 女子トイレの鏡を見ながら額当てをとり、左目の包帯をはずした。ガーゼは赤茶色の汁でガビガビになっていて、目からはがそうとしたらぐじゃぐじゃの患部が引っ張られ、緑と黄いろの汁が垂れた。まるで目の奥に心臓があるみたいに、鼓動に合わせてズキ、ズキと痛む。立っているのもつらい。
 わたしは、洗面台に腕をつっぱって、ぶちまけられた黄色くて酸っぱい吐しゃ物を見下ろしながらなんとか息を整えようとして――腕がかくん、と折れた。

「う、わ、」
「自分のゲロ見つめるのそんなに楽しい?」

 誰かに支えられた、と思い一瞬肝が冷えた。コゼツだ。いつの間にか身体から出ていたらしい……。

「全然気づかなった……」
「だろうね。そんなだから、ボクは女子トイレに変質者〜!って叫ばれる危険を冒してまでサエを支えてるんだぞ」

 ボクってほんと、甲斐甲斐しいハエトリソウだよ。
 コゼツは肩をすくめている。どうせ子どもだしそのまま女子トイレの扉を押えてもらって、わたしは目の包帯を新しく替え、汚れたガーゼは捨てて包帯は洗った。部屋に戻るとイタチらはもう朝食を食べ終わり、出発の準備をしていた。

「ちょっとの切り傷でも破傷風で死ぬこともあるからな。大丈夫っていうならいいが、本当に辛くなったらちゃんと申告するように。何度も言うが体調管理も忍として大事な責務だ」

 水無月先生はポーチから小さな包みを取り出し、解いてお湯に注ぎ入れる。粉薬のようだ。

「これは俺特製気つけ薬だ」
「ありがとう、先生……」

 受け取って素直に飲み干した。味がわからない。水無月先生は、「どういたしまして。……おまえ本当に調子悪いな。しおらしくて別人みたいだぞ」と言った。



 火の国は肥沃な土地と豊富な水源に恵まれている。火の国の北側にある紫雲山脈とその連峰は海から吹く風をせきとめ雨を降らせるため、森には広葉樹から針葉樹、常緑樹が生い茂っている。それらはパズルのように森を形づくり、適切な日光量と雨量が森と田畑を生き生きと繁らせる。火の国は忍五大国の中で最も多くの種類の植物が確認されており、昆虫や動物の分布も実に多様だ。
 火の国を北西に進むと草の国に出る。草の国は小国・新興国の中でも比較的歴史の長い国であり、その名の通り国土の大半が草原だ。せいぜい腰か胸ほどの高さしかない一面の草原には身を隠す場所がなく、忍にとって鬼門の戦場である。草の国は酪農で生計を立てる家が多く、特に羊やヤギは特産品だ。

 火の国や土の国と比べると土の国は過酷だった。
 土の国は多くの活火山で囲まれており、大小合わせて年間平均56回(※木ノ葉の里調べ)も噴火が起こる特殊な土地である。噴火、つまり地殻変動があまりに大きい理由は不明で、木々の生えない険しい山肌では他国の忍は裸も同然のため偵察も難しく、長年謎の多い国の一つだ。土の国の北側は氷に閉ざされており、国境まで針葉樹林が延々と続いている。
 そんな土の国の防衛をつとめる岩隠れの里は土の国の南方連峰のくぼ地に居を構え、地下洞窟をアリの巣のように国中に伸ばしている。農業に向かない荒涼とした岩山に絶えず響くマグマの轟き、地震、噴火、土砂崩れ……これら自然災害を耐え抜いてきた者が住まう砦は、忍術においても豪快さと地に足の着いた盤石の構えが特徴的である。

――”岩隠れの者と相まみえるときは、まず相手の強靭な忍耐力に驚かされるだろう。”

……というのは初代火影の書に記されていた文言だ。岩隠れの忍は”待ち”に徹するのが非常に得意で、岩分身の術で炉端の石ころに変わり身し何時間も何日間もじっと耐え続ける。過去の大戦では木ノ葉の忍が行きで通った道に潜み、そのまま二週間ずっと岩に変身し続け、戦って疲弊し戻ってきたところを狙われた記録も残っている。
 初代火影の書は次にこう続く。

――”そして次に、その繰り出す技の見事なまでの新しさと鮮やかさに驚かされる。”

 岩隠れの忍が使う忍術はときにこちらの想像を軽く超越する。重力を操作して空中に浮かぶだとか、火薬も使わずに大爆発を起こすだとかいう奇天烈な技は、大道芸のような見た目に反してその構造は実にロジカルで美しく、大抵の場合、初見でぶつかれば太刀打ちできない。
 彼らは忍耐力にすぐれ、時に常識に捕らわれぬ決断をし、競争を恐れない。その基質が、土の国という厳しい土地に由来することは言うまでもない。彼らは長年、慢性的な食糧不足・水不足に悩まされ、地震や火山噴火に脅かされてきた。彼らは、戦争の理由がなくとも他国から水源や食料を持ってこないと国が立ち行かない苦境にあった。

 さて、土の国で火山が噴火したとする。国境付近であったらその溶岩は周囲に流れこみ、例えばなだらかな草の国をスルスルと(溶岩の種類によってはドロドロと)進む。溶岩が冷えた後しばらくすると、どこかから飛んできた種が火成岩の隙間に入り込み根を張る。
 しかし、軽い溶岩にはミネラルが多く含まれており、水が近くに在ればそちらに溶けて流れていくが最初はその場に留まるだろう。また火成岩は腐葉土のように地下水を保持することができず、根を伸ばせるほどフカフカでもない。そういった土地に根付くことのできる植物は限られており、ススキやイタドリのような強い多年生植物、コケやシダ類のような地衣類、あとは膝くらいの高さの陽樹などである。これら一次遷移植物がある程度繁殖して初めて別の植物が根を下ろせるようになる。
 二次遷移植物が根付くのにはある程度まとまった時間が必要だが、土の国ではしょっちゅう火山が噴火し、溶岩が流れ灰が降るので植物の成長が妨げられやすい。また火の国と土の国といった大国に挟まれているため戦場として利用される。
 こうして草の国はいつの間にか、一定の強い繁殖力を持つ植物と羊やラマといった高山動物が住まうようになった。土の国との間に草の国があるため、火の国領土には火山の影響がない。また草の国で強い繁殖力を持つ植物はたいていが陽樹(太陽の光があたらないとたちまち枯れてしまう)なので、火の国によく見る高い森の中に侵食することが難しい。
 このような理由から、火の国の土地は相対的な価値が高い。歴史上何度も他国から狙われてきたし、貿易で優位を取ってもきた。忍五大国はそれぞれ多様な分化を持ち、歴史を持ち、その土地に根付く独自の忍術を持っている。それにもかかわらず”森の千手一族”が何故世界中で勇名を轟かせているのか。”森の千手一族”、そして”千手柱間”忍の神とまで崇められているのは何故なのか……それは、火の国に生まれたものには真に理解できないのかもしれない。

 火山がないのに”火”の国。この国がどうして”火”の名を冠することになったのか――そこについてはわたしが読んだ本には載っていなかった。



――妹に会いたいな……
――サエ?

 草の国の貿易道路を歩むこと数時間。サエの身体は限界に来ていた。
 あるけどもあるけども草原。分け入っても分け入っても草。草の国のススキ野原は、薄くて細長い葉っぱが皮膚を掠めて鬱陶しい。

「入山門だ」

 イタチが前を見て言った。「土の国の国境にある山。あそこで入国審査があると聞いていますが、」と続けて水無月を見る。

「そうだな。一応話は通っているはずだからこのまま門を通ろう。堂々と額当てを見せて入国理由を話せば問題ないはずだ」
「……一応、オレの虫で探ります」
「ヨウジ、お前は本当に慎重派だなぁ。ま、サエがおっかないぶんこの班にとってはいいバランスか」

 ははは、と水無月は笑った。
 太陽が照り付けて暑い。風に波打つススキ野原が鳥取砂丘にみえる。鳥取砂丘、行ったことないけど……。汗なのか、血なのかわからない汁が目の奥から流れてくる。まるであの、北海道埋蔵金探索闇鍋ウエスタンなゴールデンのカムイに出てくる人みたいだ。なんとか少尉の吹き飛ばされた頭みたい。

「……サエ?」

 コゼツの声がする。なに?と聞き返して、イタチだったことに気が付いた。
 イタチがいる右側をみると、そっちも同じススキ野原が広がっていた。吐きそうだ。苦しい。息をたくさんしているのに苦しい。「気つけ薬、オレのだ。飲め」――イタチが丸薬を差し出してくれたので、有難く受け取った。あ、今道端にマックの袋が落ちてた……。わたしは薬を含み、水筒を一気に煽って飲み込んだ。

「……マックの袋がある」
「なに?」

 イタチがきょとんとした様子で聞き返した。

「マックの袋。あっちにも……」

 わたしは金色のススキ野原を指さしたが、すぐになにをバカなことを言ってるんだと思った。冷静に考えてありえない――きっと茶色と赤の服を着た行商人だろう。茶色に赤と黄色――マックの袋の色合いはわかりやすい。シェイク飲みたいな、イチゴ味のやつ。
 だが、わたしが指さした一拍後に「伏せろ!!」と誰かが叫んだ。金属音が鳴り響き、イタチがわたしの背中を踏んづけて飛び上がり、周囲に手裏剣を弾き飛ばす。ヨウジは目の前の岩影に向かって梅黄さんを連れて走り出した。水無月先生がいない。首を回して先生の姿を探そうとしたけど足が踏ん張れない。よろよろ道端に倒れ込み、地面に蹲る。

「サエ止まるな!そこの岩陰まで走れ!!」

 イタチの声がして、ハッと立ち上がった。なにも考えられず、手足の感覚もなかったが無我夢中で走った。胸の中でコゼツが何か叫んでいる――そして、陰になっているところに走り込んだ途端に左足が滑り落ちた。
 手前からは見えていなかった、隆起した草原の途中に崖があったのだ。あっという間に滑落して、ガツン!ガツン!とどこかにぶつかった。
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