9歳 額当てA
 猿飛ヒルゼンは三白眼だ。
 三白眼というのは、あまり人相が良くないキャラクターづくりとして表記されやすい特徴である。顔を可愛くみせるために黒目が大きいカラコンを入れるのも、少女漫画の女の子の目が零れるほど大きいのも、瞳が大きいと愛嬌があり、可愛らしく見えるからという噂がある。(真偽不明)
 アカデミーの教科書に載っていたことだが、ヒルゼンは故人・現役併せて全ての忍の中で史上最多の忍術を習得したといわれており、現在も更新中だ。性質変化は五つ全て扱える上に、使用者を選ぶような幻術・封印術・口寄せ、果ては習得難易度の高い禁術まで幅広く使える。また、忍術の開発術数も歴代十人の中に入るという。(ちなみに、開発術数ランキングでは扉間と大蛇丸が一位、六位に君臨していたが、大蛇丸里抜け直後で教科書の訂正が間に合わなかったらしく、教員に大蛇丸様のところは黒線で消すように言われた。)風神・猿飛ヒルゼンの名は第二次忍界大戦の折には世界中に轟いており、第一次忍界大戦から第二次忍界大戦に至るまでの”凪の三十年”、木ノ葉を盤石の里に押し上げた忍としてその戦績が2ページに渡って記されていた。火影の椅子に上がってからも、第二次忍界大戦、第三時忍界大戦とそれぞれ数回ずつ戦場に出ており、膠着した戦線を一気に崩して木ノ葉の勝利へ歩を進めた、とある。”天才は教えるのが下手”という嘘くさい噂もある中でヒルゼンは教師としても優秀で、後塵の育成にも尽力し数多の有能な忍を輩出したことが並び称された。(これはちょっとほんとかな?って思うけど)
 これほどまでの実力者であるにも関わらず、常に奢らず謙虚で、素早い的確な判断力と最期まで仲間を見捨てない情の厚さを併せ持ち、宥和政策を推し進める平和主義者。よって歴代火影でも最多の支持率を誇るのが猿飛ヒルゼンだそうだ。いたずら小僧みたいな顔をしていながら、怒らせると風神のような迫力を持ち、笑うと野球少年のような面影が残る。
 どんな人も親しみやすく、時は厳しく、いざとなれば全力で守ってくれる。「まさに、里の大きな父親のようなお方です」と先生は言った。


 一通り息抜きできたので、次の週から修行を再開することにした。わたしは任務の合間に、以前修行に使っていた演習場の予約状況を見て自由枠の時間に森に来た。
 今までに行った修行はおおまかに、体術と忍術にわけて行っている。

体術:コゼツと忍組手(ヒザシさんのワンポイントアドバイスを参考に)
忍術:手裏剣術、基礎忍術、チャクラコントロール(木登り修行)、影分身

 でも、今はこの項目すら今まで通りできるかわからない。左眼を失ったからだ。
 目が二つあるのは、物を三次元的に捕捉するためだとアカデミーで習った。二つあってやっと手裏剣をまともに命中させられるようになったのに、一つになったらどれほど精度が下がるのか……まずはそこを確認しないといけない。左側からの攻撃に遅れが出るのは間違いないし、バランス感覚も距離感もきっと悪くなっている。コゼツと忍組手をして目を怪我する前と後で勝率を比べればどれくらい弱くなっているか可視化できるだろう。
 ああでもないこうでもないと考えたけど、時間ももったいないのでとりあえず木登り修行の続きをやることにした。正直まだチャクラコントロールが甘くて、木に安定してくっついていられない。

「こんにちは」

 突然、何の前触れもなく背後から声がして心臓が飛び上がった。ぎょっとして振り向くと、暗部装束の男が立っていた。
 その姿を認識した瞬間に、頭のてっぺんから冷水を浴びせられたように血の気が下がった。狐面の暗部。任務中の装束だ。背中に刀、十字のベルト。体格は男子高校生くらいだが背が高い。ポケットに手を突っ込んだまま仁王立ちしている。

「こんにちは………」

 消え入るような声が出た。

「左眼どうしたの?」

 男は、挨拶を遮るように質問する。頭が回らずに、ただ思い浮かんだままに答えた。

「自主練してたら間違えて、切っ……ちゃったんです、まだ上手にいかなくて」
「自主練」
「あ、えっと――修行です」
「へぇ、下忍のわりに危険な修行してるのね」

 仮面のせいだろうか、男の声はくぐもってトーンが聞き取れない。陽気なようにも聞こえるし、淡々と冷たく死刑宣告しているようにも聞こえる。ゆっくりとわたしの横を回り込み、近くの切株まで歩く様子から目が離せずにいると左肩に暗部マークが刻まれているのが見える。
 白髪?銀髪?白っぽい髪色とこの背丈、声――あの時の暗部に似ている気がする。わからない。暗かったし焦っていたから背格好なんて覚えていない。気が付くと心臓の鼓動が口から飛び出んとするほど高鳴っていた。

「どんな修行?見せてよ」
「えっ」

 男は切株に腰かけると、ホラ、やれよ、とばかりに鷹揚に手を開いた。
 一際強く、心臓が収縮した。疑われている。わたしの左眼の刀傷を疑われている。どうしよう、左眼が怪我するようなトレーニングなんて咄嗟に思いつかない。手裏剣をはじきとばして回転させて自分に戻ってこさせるとか――いやうちはでもあるまいしそんなに回転かけられたことない。そもそも、わたしは刀を使わないんだから、こんな傷できるわけない。
 男は無言のままだったが、その狐面の下からわたしを慎重に観察する視線を感じた。

「ひ、ひとりでやった練習じゃないから……今は再現できないんですけど」

 苦し紛れに声を絞り出した。

「へえ、相棒がいるんだ」
「はい」

 返事したあとすぐに、やば!と思った。
 あの夜の実行時もわたしはコゼツと二人組だった。オメガの身体、もしくはその一部が取られているんだから余計にダメな答えだ。

「その相棒、今はなにしてんの?」
「アカデミーに行っています……わたしも卒業したばかりだから」
「アカデミー??」

 男の声が少しひっくり返った。顎の下に手をあてて考えている。

「……なるほど。いきなり質問してゴメンね」

 質問??尋問の間違いでは?
 声が少し明るくなったせいか、硬直していた身体がぎこちなく緩むのを感じた。でもすぐにほっとしたそぶりを見せるわけにいかないと思って、なるべく不自然じゃないように振る舞おうと努力した。まだ暗部からの突然の”職質”に対し怯えているように見えることを期待して、唇をかんで、俯きがちに男をそっと覗き見る。動く気配がない。

「あの……どういった意図があった上での質問でしょうか」
「んー、悪いけどコンプライアンス違反になるから」
「そうですか」

 落ち着こう。
 とりあえず今は普通に修行を始めてこの人が帰ってくれるのを待って、アカデミーから帰ってきたコゼツと策を練るしかない。
 その後もしばらく切株に座り続ける男が気になったけど、予定通り木登り修行を初めてしばらくしたら男は消えていた。現れるときも消えるときも気配が全く読めなかった。



 アカデミーから帰ってきたコゼツにまず起きたことを話して、なんでガンマをつけておかなかったんだよ〜!って怒られて、次の任務から帰ってくるまでの間に何とかうまく切り傷をつけられそうな修行を考えよう!ってことに決まって、で翌日。
 今回の依頼はC級任務。火の国の村で悪さをする盗賊を捕まえてほしいという内容で、難易度に反して珍しく大名令だった。コゼツに言われた通り土の中にガンマを引き連れて集合場所に行くと、水無月に「ちょっと顔色良くなったと思ったのに、また悪くなってないか?」と笑われた。
 盗賊捕獲は初めての任務だったけど想像以上に順調に進み、木ノ葉を出た次の日の夜には藩の奉行所で資料を分析して、被害に遭った金品から同じ盗賊団の仕業だと思われる事件をピックアップし、そこから次の襲撃地点を3つまで絞った。

「今日は野営にしよう。このあたりなら火を焚いても問題ない」

 3つの襲撃予測地域にアクセスのいい森で野営になった。

「水汲んできま〜す!」
 わたしはいつものノリで挙手した。

「………」
「オレも行きます」

――すると、意外なことにイタチがついてきた。

 夜の帳がおりて一刻は経つと森の中は真っ暗で、月明かりに照らされた木の葉のつるつるした表面や遠くに見える川面だけがほのかに煌めいている。飯盒と革の水筒を持って、ほの暗い夜空の光だけを頼りに足場の悪い沢へ降りながら、「どうした?」とイタチに聞いた。

「何か話があるんでしょ。イタチが用もなくついてくるわけないもん」

 わたしの後ろから着いてきたイタチは、斜め後ろにいたまま「何故嘘をついた?」と聞いた。

「え?」

 びっくりしてイタチの顔を見た。イタチの眉は形がいい。彼は、その綺麗な眉を俄かに緊張させて明確に真っすぐわたしを見つめている。眉がへの字型に尖らなくても、眉頭に皺が寄っていなくても、その物事を見極めようとする聡い黒い瞳がわたしを睨んでいることがはっきりわかった。

「嘘ってなんのこと?」
「父さんから、お前は”任務で目を負傷したと言った”と聞いた。だが任務に来る前から怪我していただろう、なぜそんな嘘をついたんだ?」
「それは……」

 ぐらつく浮石の上を飛び乗って小沢の傍に降り立った。

「ただ面倒くさかったからだよ。ユズリハはわたしのことすぐに心配するし、任務って言っておいたほうが説明しやすいからそう言っただけ」
「父さんには話を合わせておいた。でも……オレには関係ないことだが、お前は何か隠している」

 イタチの言い方は確信めいていた。

「……気のせいだよ」

 わたしはイタチの視線から逃れるように川岸にしゃがんだ。イタチはそばに立っている。

「忍にとって下手な嘘は命取りだぞ」
「うん……」
「じゃあ、本当はどこで怪我したんだ?」
「知りたいの?」
「別に……”オレは”興味がない。だが……目だぞ。わかってるのか?隻眼の忍はそこまで珍しくないが、視覚を半分失うというのは空間識別能力が半減する。当然、目は二つあるに越したことはない。現にお前は一回足を滑らせて滑落してる」

 イタチの言うことはもっともだった。わたしも昨日の自主練で、自分の投擲能力、命中精度、距離感、身体操作能力など……イタチのいう空間把握能力が低下していることを実感した。あの夜が来るまでに少しでも強くなっておきたい、と思っていたのに数ステップ逆戻りだ。正直、悔しくて歯噛みしたばかりだった。

「水無月先生はお前の言い訳で納得していたが、正直誰が見ても修行でできる怪我じゃない。もし……もし、誰か他のやつにやられた傷なら、上に報告するべきだ。場合によっては警務部隊にも――」
「待ってよ、いいよ。余計なことしないでよ」

 水汲みを終えて慌てて立ち上がった。ただでさえ暗部に疑われて動揺していて、今後の対策も固まっていないというのに警務部隊からも疑われたら痛手じゃ済まされない。予想外のイタチの打撃でパニックもいいところだ。

「誰かにやられたことは否定しないんだな。誰だ?」

 ここで強く”ほっとけや!”って言ったらどうなるんだろう。イタチは水無月先生や、しいては火影様に報告するかもしれない。でも、わたしがユズリハに嘘をつくまでもなくヨウジや水無月は最初からこの傷が任務のものじゃないってことを知っているのだ、今更イタチを口留めしたところでどうにかなるものでもないのでは?だが、父親が警務部隊部隊長だとどうなる?この前の侵入騒ぎが、暗部や根を越えて警務部隊にまで話が広まっていたら……。
 ばかばかしい心配だ。第一こんな下忍になりたての忍がこさえた傷一つ、エリートである上忍たちが警戒するわけない。
 でも、じゃあ一昨日の暗部はなぜわたしに声をかけたのか?
 それはこの”心配”が既に杞憂の域を出てしまったなによりの査証じゃないか。

 わたしは、心の中に滲んだ焦りが大きく広がり、その真ん中で冷たい水底がせり上がってくるのを感じた。うちはイタチはどんな状況になっても里の方を取る人間だ、文字通り、一族郎党皆殺しにしてでも体制側につきより多くの命の為に幾つかの小さな命を諦める人間。そんな彼が一度決定的な懐疑心を抱いたら、遅かれ早かれやすやすと里に情報を流すだろう。
 うちはイタチに下手な嘘をつくくらいなら、彼自身の問題に肉薄するような真実のみを話すしかない。

「イタチも、誰にも話してない秘密があるでしょ。それと一緒だよ」
「秘密?」

 イタチは虚を突かれた顔をした。

「里の外で写輪眼を見たでしょう。テンマさんが死んだときの任務で」
「!」

 そのときはっきりと仏頂面が崩れた。イタチは僅かに口をあけて驚愕に目を見開いた。瞬きより素早く周囲を見渡し、もう一度わたしを見る。黒い瞳が明滅する………赤く、赤く、朱が交わる。イタチは写輪眼をむき出しにして、驚きから警戒、そして不審へと目まぐるしく表情を変えた。

「なぜ……!なぜ知ってるんだ?!誰にも話したことはないのに!」

 イタチは勢いよく詰め寄って、わたしの胸元を掴んだ。
 びっくりして少し後ろによろけた。

「イタチだって、これを誰にも言ってないでしょ…!なんで言ってないの?写輪眼を見たような気がしただけで、確信が持てなかったから?」
「…………」
「……違うよね。うちは一族で現在、里抜けしている生きた忍はいない”ことになっている”。でももし里の外に写輪眼があるってことになったら……あの事件の、」
「――違う。九尾の妖狐を操ったのが里の外にいる写輪眼だと考えたからじゃない」

 イタチが胸倉から手を離して急いで彼から距離を取った。写輪眼を見てしまった。初めて、間近で、指向性を持った写輪眼を発動された。わたしは慌ててイタチから目を逸らしたが、もし彼が幻術をかけていたとしたら今更遅いだろう。わたしはすでに事が済んだ後で、あらかた喋り終えていることになる……いや違う、イタチはまだ子どもだ、そんな上等な幻術は会得していない。
 イタチは瞳の写輪眼をひっこめて少し落ち着くと、「あれはオレにとっての………」と小さな声で呟いたが「いや……お前の言う通り、勘違いかもしれないと思ったからだ」と誤魔化した。

 しばらく、二人とも黙り込んでいた。小沢のシャラシャラした音が耳に入って、水汲みの仕事を思い出す。

「とにかく、お互い人に言ってないことがあり、わたしも秘密にするからイタチも秘密にしてほしい。以上!」
「いや、これじゃフェアじゃない。何故あの頃まだアカデミーにいたお前があの事件のことを知ってる?オレしか見ていない写輪眼を知ってるんだ!」
「声が大きい!今は教えられないの」
「”今は”?まさかその傷……あの仮面の男にやられたのか」

 いや、違うけど……、……違うけどでも、そういうことにしてもいい気がしてきた。
 さっきは、「こういうわけでお互い秘密があるけど内緒にしような!!」っていう感じで会話を終わらせようとしたけど、確かにオビトは壁をすり抜ける忍術を使うんだからあの柱間細胞奪取事件を起こした人をオビトってことにして、そいつが逃亡中に出会ったのがわたしってことにすればいいのでは……?
 わたしはこの閃きを”我ながらいい切り抜け方!”と思った。しかし、イタチにこれ以上嘘を重ねるのもなんとなく嫌な気分だ。下手な嘘は忍にとって命取り、というイタチの説もそうだし、なにより、イタチがせっかくフガクにつじつまを合わせてくれたのにこれが礼儀かと、少し思ってしまう。

「とにかく……報告はしないで欲しい。わたしもテンマさんが死んだ事件の犯人については誰にも言わないから」

 イタチは腕を組み、苦悶の表情を浮かべて斜め左下を見ていた。今までろくに感情遷移が分からない子だと思っていたけれど明らかに動揺している。見たことがないほど内心の表情が顔に出ているのが珍しくて、しげしげとその表情の移り変わりを見ていたら瞳を細めてねめつけられた。
 突然ガサガサ、と人の気配がして二人ともビクッと肩を上げた。

「二人とも遅いぞ」
「ごめん、今行く!」
「………」

 ヨウジが様子を見に来ていたようだ。急いで追いかけてイタチと来た道を戻ったがイタチに植えついた不信感ボルテージが上昇したせいでめちゃくちゃ空気が悪かった。

「ところでイタチさあ」
「………」
「同じ班のよしみとしてアドバイスが欲しいんだけど、手裏剣と組手と起爆札と影分身だけで刀傷みたいなものができるような修行ってなんかある?」

 イタチはいよいよ嫌悪感と不信感を隠さない目つきでわたしをギロッと睨み、無言で傍を追い抜いて野営地に戻った。

 翌日、張っていた金庫にまんまと盗賊団がひっかかり、その後は簡単に捕らえられた。しかし最後の1人、一番体格の大きい男の逃げ道にちょうどわたしがいて戦いになり、手裏剣を5枚投げたが全て外してしまった。なんとか起爆札と分身の術で足元を固めたが、途中で足元に岩があったことに気が付かずに足首をひねったし、やっぱり距離感を掴むのが下手になっている。
 任務の受付所には、受付係の中忍が三名とたまに火影がいる。火影は多忙なので常に詰所にいるわけではないが、まあ5つに1つくらいの割合で任務完了報告に行くと顔を合わせる。最近は大名との会合があって連日忙しくしていたようだが、この前新聞で火影様帰還という小見出しを見たので、きっと今回はいるはずだ。
 結局イタチは全然口をきいてくれなくなってしまったし、元々ヨウジくんは寡黙オブ寡黙だし、水無月先生はイタチを褒めるわりに依然として昇進させる気がないようだし、更に任務完了報告をする瞬間が不安で里が近づくにつれて胃がじくじく痛くなった。柱間細胞奪取失敗事件以降一度も火影様と顔を合わせていないし、更に一昨日は暗部じきじきにわたしのところに聴取に来ているのだ。絶対に話しかけられる。
 里に戻ると、予想通り火影様が詰所にいらっしゃる、という話がどこからともなく入ってきた。任務報告の部屋は多くの忍が並び、長机には三代目火影と受付の中忍たちが座っている。部屋は午後の陽射しで逆光になっていて少し暗かった。影帽を外した顔も影が落ちていたが、口角や目尻がすぐに上がったり下がったり表情豊かなので良く分かる。任務報告に並ぶ皆皆に、一言ずつ「最近弟のだれそれをみかけた」とか「水遁はうまくなったか?」とか「お前はすぐに酔いつぶれる、あれがいなかったら今頃服も金もないぞ」とか、声をかけている。
 上手い人から下手な人まで、これだけ多くの忍一人一人の個人的なニュースを覚えていて声をかけられるんだからほんとに小学校の教師みたいだ。

 すぐに三班の番が来て、水無月ユウキが「任務、つつがなく完了いたしました。こちらが任務報告書と提出書類になります」と藩から預かった大名令証明の巻物を机に置いた。
 わたしは長机の下の木の脚を見ていた。

「ご苦労。……おお、この班の顔ぶれを見るのも随分久しく思えるの。なに、三月から会議が続いていたせいでろくに里の中におらんかったものでな、仕事が溜まって溜まってもうてんてこまいぞ」
「お疲れ様でございます」
「うむ。どうだ、新しい三班は」

 水無月は「うちはイタチは言わずもがなの秀才、油女ヨウジも申し分なく、二人が新人を支えてくれています。今後も問題なく任務をこなせると考えております」と答えている。イタチらが頭を下げたのでわたしも続いてそうした。

「そうだったそうだった、サエは東雲豆腐店のところの孫だな」
「ええ!そうです」

 話しかけられてしまったら仕方がない、顔を上げてハキハキ答えた。

「はい。ご愛顧頂いているというお話、母に伝えたら喜んでいました」

 ヒルゼンはニッコリ笑った。
 その優し気な喋り方が今はもったいぶって聞こえる。

「ん?君の片目は以前からそうだったかな?」
「いえ、これは…………」

 イタチの言葉がふと脳裏をよぎった。下手な嘘は命取り……でも、じゃあどうしろっていうの?ほんとのことなんて言えるはずない。

「修行で怪我をしたそうです。以前の護衛任務にもろくに怪我を治さずに来たもので、」
「いえ、」
「ん?」
「すみません。実は違うんです」

 水無月の答えを遮った。水無月は驚いてわたしを見ている。

「実は……任務の前の晩、日課の修行の帰り道に近道をしたら、変な人に会って……いきなり斬られました。コゼツが一緒にいて、二人で逃げて……イタチも修行していたみたいで、逃げるところを見られてるんですけど」
「!?」
「なんと」
「おい!」

 イタチが咄嗟に声を出し、ヨウジと水無月がそれに驚いた。イタチは苦虫を噛み潰したような顔でヒルゼンを見て、ぐっと口を閉じる。
 右側(イタチ側)から物凄い”気配”を感じるが無視して淡々と報告した。ヒルゼンは痛ましいものを見るように眉をひそめて、「それはいつのことだ?」と尋ねた。

「土の国への護衛任務の前日なので……十日前です」
「そうだったのか……。いやぁ、すみません火影様……上忍師であるわたしが把握しておらず…」
「すみません、先生。あのときはつい……ちょっと怖くて、びっくりしていたのもあって……夜もあんまり眠れなかったので、虚偽の申告をしてしまいました」
「いやいや、俺こそサエがまだ9歳の新人だってことを忘れていた。フォローできずに申し訳ない。火影様、報告義務を怠ったこと、どうかお許しください」

 水無月がヒルゼンに頭を下げ、続いて任務初日のわたしの様子について事細かに説明した。傍にいる中忍が急いで別の紙にメモしている。わたしは、北東部の森で練習していたこと、22時過ぎだったこと、その変な人は土の中から突然出てきたように見えたことなどを伝えた。

「イタチ、おぬしがサエの姿を見たときはどんな様子じゃった?」

 イタチの方を右眼で一瞥すると、猛烈な感情が籠ったひとにらみが突き刺さる。

「……あのときは深夜零時近くで、サエは片目を怪我していて……怯えていました。これを秘密にしてくれと言われて……」

 イタチはしどろもどろに答えた。まっこと言いたくなさそうだ。
 その後もしばらく質問が続いた。ヒルゼンは、実は里の中に侵入者が入ったかもしれないこと、警務部隊・暗部を挙げて捜索中であることを説明して、各自一人で行動するときは気を付けるように通達した。 
 詰所の前で解散になった。水無月は「今度からはちゃんと俺に報告しなさい。いいね」と念押しした。ヨウジは少し様子がおかしかったが、しばらくしていなくなった。

「…………」
「…………、……はあ」

 二人になった。イタチが苛立たしくため息をついた。
 イタチのため息って物凄く新鮮な感じがする。

「これ以上、オレを巻き込むな。オレからいうことはそれだけだ」
「おっけー」

 苛立ちより、困っているように見えた。早めに来た思春期なのかもしれない、イタチは乱暴に額当てを外してポケットにしまうとわたしに背中を向けて地面を蹴った。うちは地区は南東部、わたしは北東部に住んでいるので途中までは同じ道を歩くはずだけど、イタチは屋根伝いに走って消えてしまった。
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