9歳 額当てB
NARUTO原作に出てきた暗部キャラは、カカシ、イタチ、シスイ、夕顔、ヤマト(根)、サイ(根)である。夕顔には恋人が確かいたけど、彼は暗部じゃなかったんだっけ?正規の忍だっけ?たぶんそう、部分的にそう。あなたが思い浮かべているのはもしかして、中忍試験編で砂隠れのバキに殺された月光ハヤテ?――正解!
一人アキネイターをやりながら右手で手裏剣を投げたが、目標としていた的から大きく外れた木の枝に浅く刺さって地面に落ちた。
「サエ左側ホントに弱くなったね〜」
コゼツはタオルで首をぬぐいながら言った。
夕方、アカデミーが終わったコゼツと演習場で組手をしたら0−5で全敗し、簡単なマトでも手裏剣の命中率は9割から5割まで下がっていた。視界の左が覆われている事実が想像以上にシビアなハンデになっていて、左側からの攻撃を避けられないばかりかコゼツの腕を掴もうとして宙を切るし、蹴りが届かないし、片足でバランスよく立てないし、蹴りを受けきれなくて思いっきり打撃が骨に来るし、三次元捕捉が必要な投擲器具は御覧の通り。
「想像以上にメンタルに来てる……」
「手裏剣だってアカデミーのボクより弱いんじゃない?」
「本当にそんな気がする」
つらい。え、辛くない?誰よりも一生懸命練習してたのに怪我で大会に出られなかったアスリートや、指骨折して大事な大会でピアノ弾けなかったピアニストって、こんな気持ちかな。
大きく息を吐いて芝生にゴロンと転がり、星が瞬く夜空を見上げる。
夏の夜風は気持ちがいい。ここ数週間の怒涛の危機百発はまだ解決していないけど、一旦はイタチに口裏を合わせて貰うことに成功したし、ここの演習林は少し家まで遠いし、もうそろそろ帰ろうか。
コゼツが足だけで起き上がるジャンプ(手を使わずに、足をぐっと胸の方に引き寄せて降ろす力を使って背中を反らして飛び起きる、ジャニーズjrやEXILEがやれそうなやつ)で起きていたので、「あっわたしもそれやる〜」と何度か真似したができなかった。
「もう一本やったら、」
帰ろうか、と言いかけたところで、“左側”から“何かが飛んできた。”
反射的に大きく身体をのけぞった。右眼で飛来物を確認しようとしたが左側には暗い森が広がっているだけだ。勿論投げたのはコゼツじゃない。
「大振りすぎ」
背後、上の方から聞いたことのある声が聞こえて、パーカーのフードを何かにつかまれた。後ろに誰かいる。コゼツが、にわかに顔を強張らせて腰を低く下げたまま、じっとわたしの背後を見ている。緊張で総毛立つ。
ゆっくりと後ろを振り向き上を見上げると、狐面に白髪痩躯の暗部が立っていた。やはり、あの時の男だ。男は人差し指と中指でクナイの持ち手部分をくるくると弄び、腕を曲げて手首の内側に落とし、くるっと手首をひねって手品師のように隠した。
「どうも。修行中失礼」
「こんばんは……いきなり攻撃するのやめてください、暗部さん」
風が吹き抜けた。辺りはもう暗くて、演習森の向こうにある繁華街から零れるオレンジ色の光でやっと人の顔が見える程度である。暗闇の真ん中に、白い狐の面が浮かんでいる。
「目の調子はどう?」
「まあまあです」
「手裏剣全然当たってなかったけど」
「苦手なんです……怪我したばかりなので」
「修行で失明するくらいだもんな」
男は面の下で軽く笑った。
「そっちの子が、この前言ってた相棒?」
「東雲コゼツ。弟兼相棒〜よろしく〜」
男はコゼツの方を向いて「フーン」と唸った。コゼツは男に張り合ってか、いつもの薄ら笑いを取り戻している。
男はコゼツをジロジロ見ていたが、しばらくしてもう一度わたしに向き直った。
「さて」
身体がビクッとして反射的に後ずさった。
――今日も一人なの?班編成を組んで捕まえてこないということは、上層部にまで私の話は行っていないか、正規の任務で動いているわけではないってことなのか?それとも刑事ドラマで犯人逮捕の為情報収集している状態の、所謂”まだ捕まっていないだけ”という状況なのか……。
だが男は、わたしが全身を棘で守るハリネズミのように己の持てる最高の反撃体勢をとるのを見て「ああ、違う違う」と両手を上げた。
「今回は少し謝りに来ただけ」
狐面の下で、吐息がせせら笑ったのがわかった。
「尋問じみたことをしたが、君たちの嫌疑は晴れた。今日はそれを伝えに来ただけ」
「……なんの嫌疑が晴れたんですか?」
「それは言えないって知ってるでしょ。暗部は火影直轄部隊であり、その任務の秘匿性の高さから内容を決して口外してはならない。ゆえに、”暗部に質問してはいけない”。アカデミーの授業寝てたの?」
確かに習った。暗部と正規の忍の間に上下関係はないが、任務中の暗部からの質問に虚偽回答することは犯罪であり、また暗部に対して質問する権利はない。だが、授業で暗部の存在について触れられたのはほんの一言くらいだ。
「……暗部がその権利を濫用したらどうするんですか?」
「さあ。濫用しているかどうか、君らには知るすべはない。知る必要もない」
「ずっる」
「本人の力量に見合った情報が与えられる」
……コイツほんとに謝りに来たのか?それにしては態度が威圧的すぎないか?
でもまあ、いいやもう。わたしは肩を落としてため息をつき、ブーたれた顔をしてコゼツに舌を出した。嫌疑が晴れたって言ってんならそれ以上のものはない。これでやっと枕を高くして眠れるというものだ。
「あれえ?でもおかしくない?」
コゼツがとぼけるときのコナンのような声を出した。
「任務外のとき暗部って絶対面を取らなきゃいけないルールだったよね?謝罪中も任務なんですか?」
「今も任務だから」
「あ!そうですよ!!謝罪のときは顔を見せるべきだと思うんですけど〜」
そう言ってもう一度男の方を見ると、片手をあげて森の中に消えていくところだった。散々ビビらされてムカついたのと安心したのとで、「職権乱用だよね〜」「ねー」「謝罪で済むなら警察要らないよね〜」とヤジを叫んで留飲を下げた。
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翌日、新しい忍服のデザイン案ができたという便りを貰って姉のところに行き、かっこいい忍服デザインに感動して完全受注生産をお願いしたその帰り道。唐突にケンタッキー・フライド・チキンが食べたい衝動に襲われたわたしは急きょ木ノ葉一の卸売市場へと向かっていた。
木ノ葉の里には大規模な市場が二つあり、一つがあうんの問から続く大通りから一本横道にそれた場所にある『大通り生鮮卸売場』。そしてもう一つが、里の真ん中を貫く河を利用して運輸されてくる『中央橋市場』だ。中央橋市場は、火の国内部だけではなく主に他国他里からの輸入品が多く取り揃えてあることが特徴的で、所謂和食に使われないような食材や香辛料を購入できる。
そこで私はファーストフード店再現レシピ界隈でも高難易度として知られれる、ある挑戦に挑もうとしていた。そう――KFC再現チャレンジである!!
あの癖になるスパイシーで旨みの詰まった衣がどういう配合なのか、そしてあの柔らかいチキンの下処理や揚げ方についてKFCはその内情を未だ明らかにしてはない。(※東雲サエ転生トリップ前日平成二十八年三月現在)挙句の果てに最後に食べてから九年以上が過ぎた今、あの懐かしい味は記憶の向こう側で郷愁の涙と共にこちらを振り向きにこやかに笑いかけ手羽先を振るのみである……。
こんな体たらくで本当に再現などできるのか?しかし、わたしは己の衝動の赴くままに任務で貯めた金を手に市場に足を踏み入れていた。因みにコゼツはアカデミーで授業に出ています。
ここで、現代社会に繋がるネット端末を持たないサエは知らないことだが、世にはKFC再現チャレンジに挑んだ数々の猛者による英知の結晶として幾つかの予測レシピが存在する。そこで必要とされる主な材料は以下の通り。
小麦粉(中力粉)
ベーキングパウダー
オレガノ
タイム
セージ
バジル
マジョラム
ジンジャーパウダー
ガーリックパウダー
マスタードパウダー
パプリカパウダー
グルタミン酸ナトリウム
塩コショウ
しかも、これらを適切な割合で配合して初めてあのKFCの味が再現できるという。また別で鶏肉の下処理も必要だというのだから、到底ネットどころか記憶も定かでない、しかも揚げ物なんか碌に作ったことがないサエには不可能だ。サエは、一人暮らしで揚げものを作り油を固めるテンプルで処理できる人は別の星の住民だと思っている種類の学生だった。
とはいえ、食欲。
人間の三大欲求の中でも特に9歳の子どもの中ではダントツにその存在感を発揮する生理欲・それが食欲!そこに、死んでも幻術にかかっても消しきれない郷愁の想いが重なったとき、生存戦略が始まるし服は弾けるしタイムスリップもできてしまう。いざ暴かん、カーネルサンダースのレシピ本!強い食欲に引っ張られるようにして、東雲サエは市場の香辛料っぽいゾーンで片っ端からそれっぽい粉を購入していった。
木ノ葉の里には原則、火の国の民しか入ることはできない。普段里の外で生活する一般人が里の中に入るときは前もって通行証の発行が必要になるし、それは火の国に戸籍登録されている人しか要求できない。阿吽の門を通らずに空や地中から侵入すると里の周囲に張られた感知システムが未登録のチャクラに反応し、最近開発された小型監視カメラも徐々に警備に使われ始めている。しかし第三次忍界大戦の後徐々に友好条約を結んだ国が増えて貿易が再開し、里外の市場だけでなく里の中でも商人の姿を見るようになった。
今日も数人、火の国の民と連れ立って出店している人がいる。あの特徴的な浅黒い肌と色素の薄い瞳は雷の国だろう。また、彫りが深く黒い縮れ毛で中東風の顔立ちの女は風の国。周囲の人から好意の目で見られているのがわかる。里の中ではあまりにも目立ちすぎるので、仮にスパイを入れるにしても貿易商として紛れ込ませるのは難しそうだ。
一通り市場を回って、とりあえずカレーが作れそうなラインナップはそろったが、バカ高い上にこのままじゃ美味しいカレーが出来てしまいそうなので悩ましい。わたしはリュックの中に粉の袋を詰めて、河川沿いの石畳に腰かけた。
「今日は一人?」
また、誰もいなかったはずの空間から突然声がした。わたしは斜めかけのボストンバッグを抱えて「ワッ!!!」と声を出して飛び上がって、一メートルくらい右に転げた。
「びっっっっっくりし………」
さすがに三回目になれば声で気が付く。そう思って顔を上げると、そこにいたのはボサボサの銀髪に斜めの額当て、鼻の上まで口元を覆う紺色の布、上忍ベストを着た青年。目の掘りが深い。
間違いようがない。はたけカカシだった。
「え……え、カ…………え?!」
暫定カカシは、わたしの反応を見て怪訝な顔をした。
「なに?オレ、前にも会ったことあったっけ」
「や、え?いや会ったことは……ありますよ。二回脅しにきたじゃないですか」
「いやそうじゃなくて……んまあいいか」
戦時中のベビーブームで今の木ノ葉の幼年人口は増加の一途を辿っている。一方先の大戦とその後のプチ冷戦で木ノ葉の暗部としてその名を世界に知らしめたはたけカカシは、特徴的な風貌と相まって勝手に顔を覚えられている経験が少なくない。
「聞いたことあります、”写輪眼のカカシ”さん、ですよね?授業でも習いました、最年少で上忍に上がったエリートって……」
カカシは目を逸らし、スンと鼻を鳴らした。
やっぱりカカシ……カカシ先生だったのか。まじまじとその横顔を見上げると、暗部のインナーで隠された顎から首、そして鎖骨にかけての美しい稜線が無骨な忍ベストと相まっていっそ美しさすら感じた。カカシ先生といえば確かにナルトのイケメン枠、数々の不運と非業な運命に翻弄されながらもプロとして第一線を張り続けた背景とその綺麗な顔立ちは老若男女誰がみてもかっこいいと思うに違いない――でもわたしにとっては、第七班の先生として彼らの成長を見守り、二部からは共に仲間として最後まで彼らをサポートし続けた優しい先生という印象が強い。茶目っ気のあるニッコリした笑顔と今のこの人はまるで別人のようだ。
過去二回の接触を思い返してみれば、皮肉っぽい物言いや冷たく言い放つ台詞はカカシっぽい気もする。でも……仮面に遮られてくぐもった声は突き放すような単調さで、酷薄さすら感じた。
優秀で正確無比な、研ぎ澄まされた刃。
あれが暗部としてのカカシ先生ってことか……。
「でもよく”オレ”だってわかったね。案外センスあるんじゃないの」
「センス?」
「忍のセンス」
「あー、ああ……そんな、そんな風に突然話しかけてくる人がそう何人もいたら困ります」
「そりゃそうか」
カカシは呟いて橋にもたれかかった。出会い頭からずっと終始感情の起伏がなくて、人形か傀儡でも相手にしているみたいで妙な気分だ。
「で、子どもが休日に遊びもせずここで何してんの」
カカシは橋に両肘でもたれかかり、ぐぐーっと伸びをして「ッハア」と脱力した。カカシのこのグダグダな様子からすると向こうも休日らしい。
「買い物の手伝いです。唐揚げ粉の」
「……高いだろここのは」
カカシは鞄の中に詰め込まれた袋の山を見て言った。
「おまえの家、そんな金ないでしょ。東雲サエ、豆腐屋の母と孤児連大工の父の間に生まれた娘」
高鳴る心臓をおさえ、息を吐いて宥めた。
名前も家族も調べられていたってことは、あの時点では確実に容疑者の一人だったんだ……でも、それならなんで正式に警務部なり暗部なりに連行されなかったんだろう?木ノ葉の里にも“任意同行”という言葉はあるけれど、殆ど強制みたいなものだし事情聴取すればよかったのに。(いや、全然よくないが)
しっかし言い方にカチンとくる。うちに金がないとか……他人の家の事情にそう土足で踏み込むものじゃない。
「これわたしのお給料で買ってるもの。スグリたちのお金じゃないし、他人の家の経済状況はあなたに関係ないし、言い方失礼だし!」
「は?給料をそんな下らない粉に使う下忍がいるか。バカだな〜里がなんでお前みたいな雑魚にも十分な金払ってるかって、それは任務のための武器を揃えさせるためだよ」
「わたしが稼いだわたしのお金の使い道に口出されたくないんですけど、ていうか、なんなんですか?そっちこそ何の用なんですか?」
そのとき、カカシが橋の欄干につっかけていた肘を外してわたしの頭に腕を伸ばした。ぎょっとして固まっていると、彼はゆっくりと髪の隙間に指を入れて何かをつまんで「ゴミ」と言って河に投げ捨てた。
「何の用って、昨日言ったでしょ。ごめんで済むなら警察要らないって」
カカシは「よっ」と身体を起こし、けだるげにわたしを見下ろした。口布と額当ての隙間から見える左目の、眉がくいっと上がった。下瞼が弧を描いている――笑っている。
「謝罪の代わりに何か一つ、頼みを聞くよ」