「ゾルフ.J.キンブリー、紅蓮の錬金術師です」

長い黒髪を後ろで一つに束ねた男は、にっこり笑って手を差し出した。
手の平に錬成陣が刺青されているのが見える。

「よろしく、なまえ」

紳士的で、物腰柔らか。
錬金術師としても軍人としても優秀で、頭もキレる。
将来有望なエリートとしてキンブリーに対する周囲の女性達の評判は概ね好意的なものだった。
女心も女の扱いもわからない朴念仁や、逆に女と見れば盛ってくるスケベな男どもとは大違いというわけだ。

同じ士官学校の女性達の中には、そのキンブリーの部下になると決まったなまえを羨ましがる者も少なくなかった。
紅蓮の錬金術の部下ともなれば、出世も玉の輿も射程距離に入るからというのが理由である。

しかし、そんな中ただひとりなまえを心配する友人がいた。
人を見る目は確かだと定評がある彼女は、なまえに向かってキンブリーについて語る時、

「何ていうか……目が、ね」

怖い、と呟いた。
その言葉の意味が今ならわかる。
確かに怖い。
初めて間近で見たそれは、常人のフリをした“何か”の目だった。

* *


「熱心ですね」

資料が山のように積まれたデスクの前に立ったキンブリーが言う。
書類から顔を上げてなまえはちょっと笑った。

「少佐ほどじゃありませんよ。少佐は本当にお仕事大好きですよね」

「軍人が軍の仕事をこなすのは当然のことです」

さらりと言ってキンブリーは手近なファイルを取り上げた。
適当にぱらぱらとページを捲りながら続ける。

「むしろ私には、自ら望んで軍服を着ていながら人殺しは嫌だなどと文句を言う人間の考えのほうが理解しがたい」

「“殺す覚悟”…ですか?」

「そう。貴女にはありますか?その覚悟が」

「私も一応軍人ですから。少佐みたいに迷いもなく、というわけにはいかないかもしれませんけど、いざその時となったら自分のするべき事をやる覚悟はあります」

「それは結構」

キンブリーはパタンとファイルを閉じて、唇の端を吊り上げた。

「貴女のような女性は好きですよ。とても私の好みです」

「はあ…」

どう答えたら良いものか。
とりあえずなまえは「有難うございます」と当たり障りのなさそうな言葉を返した。


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