ブリッグズ要塞を訪れて三日。
兵による周囲の探索は続いているが、未だ傷の男(スカー)の目撃情報は入ってこない。

北の山岳地帯だけあって昼夜を問わず非常に冷え込む上に、あるときは舞うような粉雪が、またあるときは本格的な吹雪が堅牢な要塞を取り巻いているため要塞の外を出歩く事は困難だった。
キンブリーはと言うと、そんな状況の中でもただ待つだけではなく、中央(セントラル)のブラッドレイと電話を使って小まめに連絡を取り合っては何らかの手筈を整えているようだ。
相変わらず仕事熱心な男である。

「貴女はのんびりしていなさい」

そう言われたものの、部下としてはそうもいかない。
キンブリーには始終マイルズが張り付いている。
この要塞の内部は複雑な構造になっているので勝手に出歩かれては困るということで、移動する際は必ずマイルズが付き添うことになっているのだ。
案内役と言えば聞こえはいいが、要は見張りである。
そのため、キンブリーよりはマークの弱いなまえは彼の代わりに出来るだけ砦内の人々と接触して情報収集を行うようにしていた。

一方、レイブン中将はここに来てからは常にアームストロング少将と行動を共にしているようだった。
少将の人となりからして、レイブン中将のようなタイプは「虫酸が走る」「ぶった斬ってしまいたい」と毛嫌いしても不思議はないのに、今のところうまくやっている様子だ。
想像以上に臨機応変に対応出来る人物なのかもしれない。

「そういえば、新しい職場では随分モテていたそうじゃないですか」

ベッドに座り、開いた足の上に肘をついて手を組んだキンブリーがなまえを眺めながら言った。
彼はついさっき部屋に戻ってきたばかりだ。

「そんなことないですよ」

紅茶を淹れる準備をしていたなまえは手を止めないまま軽く肩をすくめてみせた。

「私に近づいてくる男なんて、下心が半分、あの紅蓮の錬金術師の部下だった女はどんな奴なのか見てやろうっていう好奇心が半分の、興味本位の人達ばかりでしたから」

「そんなものですか」

「そんなものです」

ストーブの上からケトルを下ろし、ポットに湯を注ぐ。
たちまち紅茶の甘い芳香が辺りに漂い始め、目を閉じてくんくんと匂いを嗅いだキンブリーは満足げに口の端を吊り上げた。

「ああ、良い香りだ……この素晴らしい香りと味を味わえるというだけでも貴女を連れてきた甲斐がありますよ」

「お役に立てて光栄です」

実はこの紅茶はわざわざ自宅から持ってきたものなのだ。
なまえからティーカップを受け取ったキンブリーは、早速紅茶を一口飲むと話の続きを促した。


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