「なまえの姿が見えないけれど」

B・W社の活動報告書をクロコダイルに渡しながらニコ・ロビンが尋ねる。

「今日はお勉強の日だったかしら?」

「あいつなら厨房だ。カジノの上客がお抱えシェフとしてワノ国の料理人を連れて来てたんでな。そいつを借りてワノ国の料理を習わせてる」

「そう…」

相変わらず教育熱心なことだ。
ロビンは感心した。

クロコダイルはなまえを拾って以来、自ら様々な知識を教えて彼女を教育してきたらしい。
このアラバスタに来てからは講師を雇ってまで勉強させているのだそうだ。

学んでいる内容は、計算や語学といった学問的なものから、テーブルマナーなどの礼儀作法に至るまで多岐に及んでいる。
特に料理は一流のシェフと元商船クルーだったコックをそれぞれ講師として雇って習わせていた。
航海でも陸上でも、場所や状況に応じて調理出来るようにするためだ。

そうは言っても、クロコダイルとなまえは父と娘の関係ではない。
この男はなまえを自分好みの女に育てようと画策しているのである。

「まるで花嫁修行ね」

「あいつには未来の“王妃”に相応しい教養を身に付けさせねェとな」

バロック・ワークスの社名が入った葉巻を咥え、報告書に目を通しながらクロコダイルがニヤリと笑う。

国軍と反乱軍を相討ちにさせて始末し、プルトンを手に入れ、完全にアラバスタ王国を掌握した後。
生き残った国民達にとって“英雄クロコダイル”は唯一の拠る処となるはずだ。
その新たな国王に寄り添う可憐で心優しい王妃は、傷つき弱った国民達の目にさぞかし女神の如く映ることだろう。
そこまで計算しての事だとしたら、とんだ悪党である。

「なまえに何か用があったのか」

クロコダイルが報告書を燭台の炎にかざした。
脆い紙で作られているせいで簡単に燃え上がったそれを、無造作に灰皿に捨てる。
数分も経たず灰と化すだろう。

「いいえ、そういうわけじゃないけど。退屈しているなら買い物にでも連れて行ってあげようかと思っていただけよ」

「フン…随分可愛がってるじゃねェか。え?ニコ・ロビン」

クロコダイルは皮肉げな笑みを浮かべてロビンを横目で睨んだ。

「戻ったら真っ直ぐここに連れてこい。遊びになんぞ行かせずにな」

「ええ、サー・クロコダイル」


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