その頃、厨房を出たなまえは中庭を通って本館へと向かっていた。

この『レインディナーズ』は湖のど真ん中に建設されている。
そのため、中庭からは湖が見えるのだが──。

「?」

何だか騒がしい。
柵の所に人が集まっている。
気になったなまえはその人だかりに近づいていき、見知ったスタッフの顔を見つけて彼に声をかけた。

「どうかしたんですか?」

「なまえ様…!」

振り返ったスタッフは冷や汗をかいていた。
心なしか顔色も悪い。

「実は、お客様が湖に指輪を落とされたと仰って……」

「だから、これくらいのダイヤモンドの指輪だって言ってるじゃない!」

ケバケバしい装いの中年女性が別の男性スタッフにがなりたてている。

「どれだけの価値があると思ってるの!?代わりなんて買えないわよ!」

「マダム、どうか落ち着いて下さい。先ほどから申し上げておりますが、この湖には防犯のために凶暴なバナナワニが放されておりまして、誰も湖の中には入れな…」

「そこを何とかするのがアンタ達の仕事でしょッ!!」

ああ、なるほど。
客とスタッフのやり取りで状況を理解したなまえは、顔見知りのスタッフを見上げた。

「もうマネージャーには報告しましたか?」

「い、いえ、まだです」

「じゃあ、マネージャーに説明して、あのお客様は何処かお部屋に通してお待たせしておいて下さい。指輪は私が取ってきます」

「畏まりました」

スタッフが年長の男性スタッフに耳打ちしに行ったのを確認して、なまえはその場を離れた。
人に見られないように湖に入る場所を探すためだ。

辺りに人気がないことを確認し、足先から水につける。
ちゃぽん、と密やかな水音をたてて全身を沈めた時には、彼女の下半身は鱗に覆われた魚の如く変化していた。
これがなまえの能力なのである。

人魚モードになったなまえが透明度の高い水中に潜っていくと、自由気ままに泳いでいるバナナワニ達の姿が見えた。

一匹二匹どころではない。
それこそ群れと呼べる数がいる。
海王類にも襲いかかって食物にするほど獰猛な生物である彼らは、しかしなまえの存在に気づいても襲ってくる事はなかった。
それは彼らがクロコダイルを自分達のボスと考えて従っていて、なまえをそのボスの“つがいのメス”として認識しているからだ。
弱肉強食の世界でボスの女に手を出す者はいない。


(あ……あれかな?)


水底で何かがキラリと光る。

近づいていくと、それはやはり指輪だった。
あの客がムキになるのも頷けるほど、いかにも高価そうな卵くらいの大きさのダイヤの指輪だ。

それを拾ったなまえは、尾びれで大きく水を蹴って身体を反転させた。
来た方向ではなく、建物内部にある秘密の入口の一つに向かって泳いでいく。


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