暗闇の中、ぽうっと一点だけが赤く光る。
クロコダイルが葉巻に火を着けたのだ。

「弱ェってのは罪なもんだ…」

口の端に咥えた葉巻から細く煙をなびかせながらクロコダイルが呟いた。
彼の足下には、たった今ミイラにされたばかりの男が転がっている。

「そう思わねェか」

「ええ」

ニコ・ロビンは無感動にミイラを見下ろして同意した。
このミイラはクロコダイルを仇と呼んで襲いかかってきた男の馴れの果てだ。
残念ながらあっさりと返り討ちに遇ってしまったのである。

先程の問いかけに限って言えばクロコダイルの言葉は正しい。
無力は罪だ。
願いを叶えるためには、力を手に入れて強くなるしかない。
彼女もまた力を欲し、己の目的の為にクロコダイルと協定を結んだばかりだった。

「時間を無駄にした。行くぞ」

コートを翻して歩き出したクロコダイルの後ろに従ってロビンも歩き始めた。
ミイラとなった哀れな男を振り返る事はなかった。




「お帰りなさい!」

室内に入るなり駆け寄ってきた少女の細い腰をクロコダイルが左腕で掬い上げ、そのまま僅かに上半身を屈める。

それはキスというよりも、動物が舐め合うような仕草だった。
熱っぽく可愛がっているという印象を受ける。
斜め後ろから眺めていたロビンの目に、少女の柔らかそうな桃色の舌と、男がそれに自分の舌を絡めていやらしく舐めあげてやっている様子が見えた。
ぴちゃ、ちゅく、と生々しい音も否応なく耳に入ってくる。

「んぅ……!?」

クロコダイルの後ろにロビンが立っていて、その彼女に見つめられていた事に気付いた少女が上気した頬を更に赤く染め上げた。
恥かしそうにクロコダイルの胸に顔を埋めてしまう。

「なんだ」

こちらを振り返ったクロコダイルに訝しげな顔をされたことで、ロビンは自分が動揺してしまっていた事に気づいた。
意識して表情を消し、咄嗟に取り繕う。

「いえ……イメージと違ったので少し驚いただけ。貴方の“女”だと聞いていたから、てっきり毒々しい美女が出てくるものだとばかり思っていたわ」

「クハハハハ!お前でも驚く事があるんだな」

楽しげに笑い飛ばしたクロコダイルが、ロビンを見て意地悪くニヤリと笑う。
こういう笑い方をする時の彼は本当に獰猛なワニのようだ。
油断が出来ない。

「お前のそのとり澄ましたツラが崩れる所を見られただけでもコイツに会わせた甲斐があるってもんだぜ」

「悪趣味な人…」

ロビンは溜め息をついた。
サー・クロコダイルは悪辣にして凶暴、他人の弱みや心の隙を目敏く見つけて利用する冷酷な男だ。
“目的”の為のビジネス・パートナーとしてはともかく、異性としてこの男に惚れる事はないだろうと思われた。
互いの利益のみで繋がっているドライな関係こそ自分達には相応しい。

──それに比べて、あの娘はなんて純粋な眼差しでクロコダイルを見るのだろう。

ほんの僅かな曇りもない、愛情と信頼のこもった眼差し。
彼女の無垢なそれは、長く過酷な逃亡生活で干からびたロビンの心を激しく揺さぶった。
オハラから脱出し、これまでの逃亡生活の間にすっかり諦めていたものを呼び起こしてしまいそうになる。

仲間などいらない。
どうせ裏切られる事になるのだから。
つい甘い期待を抱いてしまいそうになる自分をロビンはきつく戒めながら、ロビンは偽りの微笑を向けて自らの名を告げた。


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