"古き良き"などという形容詞がつくわけでもない、何処にでもある小さな田舎町。 バスで10分も走れば、当たり前にビルが立ち並ぶ風景が広がる、そんな町だ。 周囲には昔ながらの農家が多いものの、農業を続けている家はそう多くはない。 古いが大きな家と広い敷地を抱えてはいるが、その殆どが農地を切り売り、自分達が食べられる分だけの小さな田畑を耕して暮らしている。 売却した農地に建てたマンションやアパートからの収益が主な収入源だ。 出会いもなければ刺激もない。 大きな事件もなければ大きな喜びもない。 スローライフと言えば聞こえはいいが、ここでの生活は、最低限生きていけるだけの保証がされた狭い虫籠の中で、じわじわと弱っていくようなものだった。 「すみません」 背後からかけられた声に振り返ると、そこには、見事に均整のとれた長身にスーツを纏った男が一人、立っていた。 サラリーマンではない。 艶やかな黒髪は長く、きっちりネクタイを絞めたスーツの肩よりも少し下あたりまである。 風に髪先をなびかせて佇む男は、微笑を浮かべて聖羅を見ていた。 周囲の景色が色褪せて見えるほどのその美貌は、どこか非現実的な感じがして、聖羅は瞳を瞬かせた。 「この医院をご存知ですか?」 男が一枚の紙を差し出して見せる。 地図が印刷されたその紙の、彼が指で示して見せた場所は、聖羅もよく知る近所の外科だった。 なるほど、この地図では解りにくいだろう。 「はい、うちの近所です。ちょっと解りにくい場所だし、案内しましょうか?」 「有難うございます。そうして頂けると助かります」 聖羅は男と並んで歩き出した。 正面から見た時にもかなり背が高いほうだとは思ったが、こうして並ぶと、随分と身長差があることがわかった。 道を行きながら、軽い世間話を交わす。 「どこか怪我をされたんですか?」 「いいえ、この外科医は知人でしてね。相談したい事があると言われて訪ねていくところなのですよ」 「え、じゃあ、お医者様なんですか?」 「はい」 意外だ。 いや、似合っているかもしれない。 浮世離れしているというか、男が纏う不思議な雰囲気は、専門的な職業に携わる人間のそれだったのかと、聖羅はひとり納得した。 |