「あ、あそこです」 目的地に到着し、聖羅は男に指をさして教えた。 白い壁に外科の看板を掲げたそこは、自宅を兼ねた建物であるらしかった。 正面のガラスドアの前まで来て、男が立ち止まる。 「有難うございました。お陰で助かりましたよ」 「いえいえ、どういたしまして」 「私は赤羽蔵人と申します。これは私の連絡先です。こうして知り合えたのも何かのご縁でしょうから、是非また一度改めてお礼をさせて下さい」 いえそんな、と戸惑う聖羅に、やや強引に名刺を握らせると、赤羽と名乗った男は「それでは」と言って、にこやかに微笑んだ。 貴女も軽く会釈をして踵を返す。 そうして、向かいの家の窓ガラスに映ったものを見て、聖羅は思わず目を見張った。 バルコニーに面した大きな窓ガラス。 そこには、黒いコートを着て、同色の帽子を被った男が映っていたのだ。 『見つけましたよ』 こちらを見て微笑む男の唇が、そう動いた気がして、はっと振り返る。 勿論、コートの人物などおらず、赤羽が外科のドアをくぐって入っていく後ろ姿が見えただけだった。 「今の、は…?」 幻を見たのだろうか── 奇妙な気分だった。 隠れんぼをして遊んでいて、鬼に見つかってしまった時の感覚に似ている。 背筋を走る悪寒に身体を震わせた聖羅は、逃げるようにしてその場から走り出した。 外科のガラスドアの向こうから、その姿を見つめている人影があるとも知らずに。 |