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今年も桜の開花予想日が発表された。
既に満開になっている地方もあるらしく、ワイドショーで桜の話題を見ない日はないくらいだ。

「お花見の季節ですね」

「そうですね」

実に優雅に紅茶を飲みながら相槌を打つ赤屍は、さすがに帽子は外しているものの、相も変わらず黒いコート姿で、まるでそこだけ真冬の凍てついた空気が留まっているようだった。

「桜の木の下には死体が埋まっている」などというベタな言葉が返って来なかったのが不思議だったが、この場に銀次がいれば違っていたのかもしれない。
この男は元雷帝をからかう事に全力を傾けて楽しんでいる節が見受けられた。

「見たところ、この辺りの桜はまだまだのようですが、花見のご予定でもあるのですか?」

「そうなんです。喫茶店の皆とお客さんとでお花見しようって話してて…赤屍さんもご一緒にどうですか?」

赤屍がふと視線をこちらに向ける。
月の無い夜の色をしたその双眸が緩やかに細められるのを見て、ほんの一瞬、心臓が跳ねた。

「夜桜でしたらお付き合いしましょう」

「夜桜…」

「ええ。出来れば酔客が煩くない場所が好ましいですね。花を愛でるのに、余計な雑音は邪魔なだけですから」

馴染みの客と出掛けていった波児はまだ帰って来ない。
急に──本当に突然不安に襲われた聖羅は、この喫茶店の中に赤屍と二人きりでいることを強く意識した。

「夜桜…か、どうか…あの、たぶんお花見は昼間になると思いますけど…」

「それなら結構です。日を改めて二人で行きましょう」

夜桜を見に、と微笑んだ赤屍に、聖羅はぎくしゃくと頷いた。
流れ的に断るのも妙な気がしたからだ。

「夜桜をご覧になったことは?」

「テレビとかでなら…でも実際に夜に見に行ったことはないです」

「そうですか。場所や桜の状態にもよりますが、見事なものですよ。幽玄妖美な、とでも言うのでしょうか……同じ桜でも昼間とはまるで雰囲気が違うのです」

「へえ…」

幽玄妖美というのなら、この男もそうではないかと思った。
上品でいてどことなく背筋がぞくりとするような、そんな妖しい魅力に満ちた雰囲気を漂わせている男だ。

「赤屍さんは桜がお好きなんですか?」

「今まで考えた事はありませんでしたが……そう、なのかもしれませんね…」

思案するというよりは、確認するといった風情で、軽く瞳を伏せた赤屍が答える。

「…ええ、好きなのだと思いますよ」

少しの間をおいてそう続けた赤屍は、何だか奇妙にすっきりした顔をしていた。



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