「おかしなものですね。長く裏社会にいたせいか、そういった感情が麻痺していたのかもしれません。貴女に聞かれて初めて自覚するとは……」 くくっ、と笑う。 その笑い方に、またもや不安をかき立てられた。 「あの、」 音もなく赤屍が立ち上がる。 上から見下ろされることで、身長差、体格差を突きつけられた気がして、聖羅は思わずカウンターの中で後退りしていた。 座っている姿を見慣れていたせいか、彼がかなりの長身であることを改めて思い知らされた感じだ。 「日取りについては、後ほど連絡します」 「は、はい」 「御馳走様でした。貴女が淹れて下さる紅茶は実に美味しい」 「有難うございます」 「お礼に、今度は私が御馳走しますよ。そう、夜桜を見た後にでも、ね」 鈴の鳴る音がして、ドアが開く。 赤屍と聖羅が視線を向けた先で、ビニール袋片手に波児が入ってくるのが見えた。 「いやぁ、まいったまいった。オッサンの長話ってやつはキリがなくて困る──お、今帰りか?」 「ええ。これからまだ仕事がありますので」 「そうか、また来てくれよ」 波児は愛想よく言った。 性格はアレだが、蛮や銀次と違って行儀がよく金払いもいい赤屍は、この喫茶店HonkyTonkの上客の一人だ。 邪険に扱う理由はない。 「勿論です。ここには私の好物が二つもありますから」 そう笑って、赤屍はいつもの如く帽子を目深に被った。 三日月を描く唇だけが見える。 陰になって目元はわからないが、視線は感じる。 聖羅は身震いしたくなるのを堪えて、なんとか笑顔を作ってみせた。 「じゃあ、また今度…」 「ええ、また今度」 微笑を残して赤屍が立ち去る。 ほっと息をつくのと同時に直ぐ後ろで音がして、聖羅は飛び上がった。 「おいおい、どうした?」 ビニール袋から何かを取り出しかけた恰好のまま、波児が驚いた顔で聖羅を見ていた。 「す、すみません…ちょっと驚いちゃって…」 波児が朗らかに笑う。 「赤屍の雰囲気にあてられたか?ほら、これでも食って休憩しな。桜を模した和菓子だそうだ」 「……桜」 透明なパックの中に収められた淡いピンク色の和菓子を見て、聖羅はぼんやりと呟いた。 そして、果たして、夜桜のような男と二人きり、恐怖と紙一重の鮮烈な美を前にして、平静でいられるだろうかと疑問に思いながら。 |