学生時代は仲の良い仲間同士でつるんでいれば良かったが、社会人ともなるとそうはいかない。 たとえ相手が苦手な人種であろうとも、職場の人間関係を円滑にするためには、多少我慢してでも付き合う必要がある。 昨年入社した後輩が、まさにこの『我慢して付き合わなければならない』類いの人間だった。 「それで、“もういい、そんなに自分勝手なことばっかりするなら好きにしろ”って彼に言われたんです。どういう意味だと思いますか?」 「うーん…」 そりゃそのまんまの意味だろとは思ったが、聖羅は悩むふりをして言葉を濁した。 ついでに、バイオレットフィズのグラスをあおる。 居酒屋は酒がメインだが、ここはあくまで料理を楽しみながら酒を飲む店なので、自分のペースで飲めるのが良かった。 仕事の話ならともかく、何で恋愛相談という名の愚痴にまで付き合わなければならないのか。 要は自分勝手に恋人を振り回し過ぎて愛想をつかされかけているわけだが、この後輩にはそれが理解出来ないらしい。 ある意味羨ましい性格だった。 「それはさ、たぶん、貴女が自分で考えられるよう時間をくれたんじゃないかな。お互い冷静になれるようにって」 何とか無難な言葉を捻り出すと、後輩は恨みがましい、じとーっとした目つきで上目使いに聖羅を見た。 「なんか…先輩のほうが彼のことよくわかってるって感じ」 「そ、そんなことないよ。私はそう思っただけで、本当は違うかもしれないし」 「じゃあ、適当な事言っただけなんですか?ひどい…真剣に悩んでるのに…」 (あああーもうっ…!) それならどうしろというのか。 さっきからずっとこんな調子で、さすがに苛々してきた。 つい先日、遠い親戚にあたる可愛がっている女の子が、10歳も年上のイタリア人男性と結婚を前提とした交際をはじめたというだけでもかなりの衝撃を受けているというのに、なんで親しくもない他人の愚痴に付き合わなければならないのだろう。 もういい加減帰りたい。 「あ、ごめん。ちょっと待って」 ちょうど良いタイミングで電話が入り、これ幸いと聖羅は席を立った。 ディスプレイに光る文字は『赤屍蔵人』。 トイレ近くの通話ブースまで行き、電話に出る。 「もしもし」 『お疲れ様です。今近くまで来ているのですが、食事は終わりましたか?』 「ええと、まあ…ご飯は食べ終わったんですけど…」 言わずとも察してくれたらしい赤屍が、クスと笑う声が響いた。 『随分お困りのようですね。大丈夫ですか?』 …この人はエスパーなんじゃないかと時々思う。 そういう事なら迎えに行きますと言われて、数分後。 店の入口付近で起こったざわめきで、聖羅は赤屍が来店した事に直ぐに気が付いた。 案の定、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる黒いコート姿の長身が見えた。 本気でレーダーか何かがあるのではないかと思う迷いの無さだ。 |