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忙しいだろうから、サッと渡してサッと帰ろう。
あくまでも診察のついで、お世話になっているお礼としてさりげなく渡せばいい。
新宿のとある病院。
聖羅はチョコの入った紙袋を片手に、自動ドアをくぐって院内へと足を踏み入れた。
もうすぐ午前の診察が終わる時間だけあって、混雑時に比べれば患者の数は少ない。
受付にある機械にカードを通し、外科のある一角へ。

澄んだ声のアナウンスの流れる院内は、清潔なイメージのミントグリーンとパールピンクで統一されていた。
一度だけ見た事のある赤羽の手術衣も確かグリーンだった。
その時の彼の姿を思い出しただけで胸がキュンと締め付けられるのだから、かなり重症かもしれない。

「赤羽先生!」

「おや、こんにちは」

突然耳に届いた声に動揺する聖羅の前で、幼稚園の年長くらいの幼い少女が、白衣を纏った長身の男に飛び付いた。
よろける様子もなくしっかりと小さな身体を受け止めたその男は、紛れもなく外科医の赤羽蔵人だった。

「元気になりましたねぇ。もう苦しくありませんか?」

「全然平気、だって赤羽先生が"おぺ"してくれたんだもん」

相変わらず優しげな微笑を湛えた赤羽の美貌を見上げて、少女はうふふと笑って見せた。
会話から察するに、少女は小児科から外科手術に回された患者だったのだろう。
心臓外科医として名をはせる赤羽のもとにやってくる患者は、難しい病気を患っている者も多いと聞いていた聖羅は複雑な気分だった。

「今日はねえ…先生にチョコを持って来たの」

赤羽から一度身体を離すと、少女は肩にかけていたポシェットから可愛らしい包みを取り出した。
「本命チョコなんだから」とはにかみながら赤羽に手渡す。
その姿は微笑ましくもあったが、赤羽を見上げる少女の顔に浮かぶ表情はドキッとするほど大人びたもので、聖羅は微かな胸の痛みを覚えずにはいられなかった。

「じゃあね、先生!ホワイトデーのお返し忘れないでね!」

「クス…はいはい」

苦笑した赤羽が少女を見送る。
こんな小さな子供に嫉妬するなんて大人げないと思いながらも、聖羅は何故か声をかけられずにいた。
──このまま帰ってしまおうか…
そんな考えが頭をよぎった時、

「こんにちは、聖羅さん」

赤羽に微笑みかけられてしまった聖羅は、仕方なく曖昧に会釈をして応えた。

「丁度良い時に来られましたね。午前の診察は貴女で最後ですよ」

どうぞ、と中へ促され、何が丁度良いのだろうかと不思議に思いつつ診察室に入る。
簡単な問診に続いて、もう殆ど目立たなくなっている傷口の診察が行われた。
そういえば、外来患者担当の外科医は他にもいるのに、どうして自分は心臓外科医である赤羽が担当なのだろう?と今更ながらに疑問に思う。



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