始まりは、一本の動画だった。

生配信のアーカイブと称されたその動画は、女性と思わしき人物が、ただ淡々と1人語りをするだけの動画。上鳴と峰田の『この人は絶対に可愛い!』という発言から、共有スペースにいた数人でパソコンの画面を取り囲んだ。

『こんばんは、コメットです。涼しくなってきましたが、皆さんいかがお過ごしですか。』

あまり抑揚のない落ち着いた声。女性にしては少し低めの声だろうか。姉さんとも、クラスの女子とも違う。何故か、心にぴったりとハマるような声色だった。

「ほら、ぜってぇ可愛いだろ、この子。」
「…けど、喋ってることめちゃくちゃ難しいな。」

ワイドショーのアナウンサーもびっくりするくらいにスラスラと紡がれる言葉は、【何故空は青く見えるのか】について語っていた。理解できない訳ではなかったが、脳が理解をしようとしていなかった。
話の内容なんかよりも、顔も年齢もどこに住んでいるのかも、本当の名前すら知らない彼女が、気になって仕方がなかったから。

「顔見せてくれねぇかな。」
「こういうタイプの配信者は顔出ししねぇだろうなあ」
「美人さんタイプに一票!」

話の内容に耳を傾けている奴は1人もいない。けど、この人について知りたいという探究心も、この中の誰とも違っているような気がした。

『では、また。』その言葉とともにぷつりと暗くなった画面をじっと見つめる。見つめたとしても彼女がそこから出てきてくれる訳ではないけれど、何故か目が離せなかった。


「轟くん?部屋に戻らないの?」
「…緑谷。緑谷は今の、どう思った?」

面食らったように驚いた表情ののち、緑谷は考え込むようなそぶりを見せる。

「博識な人だなとは思ったけど…。あの声、どこかで……いや、でも気のせいかも…」


部屋に戻って布団を敷いて、いつものように眠ろうと思ったのに何故か思うように入眠できない。
頭の片隅にあの動画の主が浮かんでは消えるのだ。

「…調べるか。」

枕元のスマホを手に取り、盗み見た画面の端の記憶を手繰り寄せて手当たり次第にIDを打ち込んだ。5回目でヒットした動画は、ちょうど行われていた生配信のようだった。先ほど聞いたのと同じように、あまり抑揚のない低めの声。その声は轟の胸を擽った。

『もうすぐ、ふたご座流星群が極大を迎えます。実はふたご座流星群は、昼間も流れているんですよ。』

そうなのか…と関心してしまう。

その落ち着いた心地よい声に耳を傾けているうちに、いつの間にか眠っていたようだった。
朝、開かれたままのスマートフォンは充電が切れて真っ暗な画面を映し出していた。


◇◇◇



「轟くん、眠そうだね?昨日眠れなかったの?」
「あぁ、ちょっと考え事してたら寝るの遅くなっちまった」

「あ、あれ天喰先輩と波動先輩だね」

いつものようにざる蕎麦を手に席を探している中、緑谷は先の方を指差した。
確かにそこにいたのはビッグ3の先輩2人。流れ的にもう1人一緒にいるのは通形先輩かと思ったが、どうやら違うようだ。小柄な女性が2人と仲睦まじそうに話している。

「…そういえば」

近くを通りすがったところで、身体が固まった。

「ねぇ知ってる?なまえちゃんは知ってた!?」
「波動さん、まだみょうじさんが喋って…」

「知ってるよねじれ。そういえば天喰くんはファットさんの事務所に就職するの?一年からずっとだもんね」

…この声。

この人の声。昨日の。

間違いない、と思った。女性にしては少し低めの、あまり抑揚のないスラスラとした声。だけど、少しだけ凛としていて、動画で見たよりも高いような気がした。


「轟くん、どうしたの?」
「あ、いや…」

席についてからも、意識が全てそちらに向いてしまい好物の蕎麦に手をつけられない。

「轟くんはどうしたんだ?」
「轟くん、体調悪いの?大丈夫?」

飯田と緑谷が心配そうにこちらを見ていた。友達に心配かけちまうのは違うよな。


「…あの、天喰先輩たちと一緒にいる人。昨日上鳴と峰田が見せてくれた動画の人の声に似てねぇか?」

2人が違うといえば、きっと俺の思い過ごしだろう。考えすぎて勘違いしてしまっているだけだ。


「…あぁ!そうだ。僕も昨日、どこかで聞いたことがある気がしたんだよね。あの人、よく波動先輩といるところを見てて。一度だけ話したことがあるんだ。」
「俺はよくわからなかったが…緑谷くんと轟くんが言うならもしかしたら本人なのかもしれないな。顔を出しているわけではないので断定はできないが。」
「…そう、か。」

"話したことがある"という緑谷の言葉が何故か引っかかる。
こいつはいつもそうだ。ビッグ3と出会う前から通形先輩と面識があったというし、先生や同級生だけでなく先輩と打ち解けるのも早い。

あの声、自分だけに向けられたのかこいつは。

「…轟くん?どうかした?」
「俺も、喋りてェ」

「「えっ!?」」

何でこんなことを思ったのか、口に出してしまったのか。それは俺自身にもわからなかった。


修正:20220802

掌の宇宙

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