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案内された先は、かつて救護詰所として四番隊が使用していた小さな部屋だった。今は待機所としてときどき使われる程度なのでなまえが隠れておくには十分だという。使われる頻度の割に綺麗さっぱり手入れが行き届いていた。


「さて、屋敷へ帰りたいじゃろうが少し待て。明け方、隠密機動直属の医務官が診察に来る。口の硬い連中じゃ、安心しろ」
「砕蜂隊長にまでご迷惑をかけちゃった…」
「そうか?喜んでおったぞ」


それは夜一に頼られることが嬉しいだけでは、と言いかけた言葉を飲み込み、曖昧に笑う。


「頬の薬を持ってきてやる」
「ありがとう」
「ウロウロするなよ。京楽に会いたいかもしれんが、なにやら雑務が多いらしくての」
「う、うん…」


夜一が出ていくと、部屋はぐっと寒さを増した。
地下牢よりもずっと広い窓から夜空を仰ぐ。空がこんなにも広かったなんて、と感動が胸を打った。月が昇り、星も瞬いている。澄んだ夜空のきらめきが心をまっすぐ伸ばし、晴れやかな気持ちにさせてくれた。

夜が明けたらまず白哉に礼を言いに行こう。
京楽と話をして、自分の気持ちを分かってもらいたい。家やツバメにも心配をかけてしまった………。

ずいぶん長い三日間だった。

大袈裟などではなく、一週間よりも一ヶ月よりも長く感じた。永遠に続くかと思っていた苦しみから解放されたおかげで、拗れた気持ちはさまざまなしがらみを振り切ったようだ。
気が抜けると、喉が渇いた。自覚すると次はお腹の虫が鳴る。夜一はまだだろうか、水でも持ってきてもらおうか。格子窓から外を覗き込んで夜一を探すうちに、誰かの話し声が耳に届いた。聞き違えることのない、京楽の声だ。


「春水さん、」


その先は、続かなかった。涙を流す伊勢を抱きしめる夫の姿を見て、息が、止まる。


「こんなことではなまえさんに申し訳なくて…………」
「いいから、後のことは任せてもう寝なさい。夜ふかしはお肌に悪いよ」
「しかし…!」
「やれやれ、いつまで経っても変わらないねえ…なまえは夜一ちゃんに任せておいていいから」
「申し訳ありません、総隊長…私の、せいで」
「そんなことを言わせるために渡したつもりじゃないんだけどねえ」


二人の声が遠のき、自分の荒い息遣いだけがやけに大きく聞こえた。
もしかしたら、の期待を、やっぱり、の落胆が真っ黒に塗り潰し、みるみるうちに瞳の輝きが鈍く削られてしまった。
何よりつらかったのは、伊勢が涙を流して自分の心配をしてくれていることだ。二人の強い関係性に自分の入り込む余地など一切ないのだと再認識させられて、伸び切った背筋が枯れた花のように折れた。
伊勢には敵わない。

生きている限り、この苦しみは続くのだ。




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