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記念祭の夜、日付が変わる前にお酒の匂いをまとった春水さんが帰ってきた。てっきり今日は帰らないと油断していたでせいで髪もまとめない適当な格好のまま迎えたが、彼は気に留めたふうもなく真っ赤な頬を上機嫌に緩ませていた。


「ただいま。もうちょっと早く帰ろうと思ったんだけど遅くなっちゃったよ」
「今日は隊舎に泊まるのかと思ったんですけど…」
「そんな寂しいこと言わないでよぉ。ところで今日来てた?」
「い、行ったけどすぐに帰りました。平子隊長たちとも、ちょっとだけ話せました」
「残念。僕もなまえに会いたかったな」
「ごめんね」


私だって会いたかった。あなたが1人だったら飛びついていたのに。
布団に入る前、春水さんは私に膝枕をねだった。珍しいこともあるものだ。柔らかな頬ををつまんだり、引っ張ったりして堪能すると「勘弁してよ」とくすくす笑い、今日あった出来事を少しだけ話してくれた。


「一護くんたちも呼んだんだよ。楽しんでくれたみたいでよかった」
「いちごくん?あ、あの旅禍の?」
「はは、そうそう。懐かしい呼び方だ」
「…ねえ、瀞霊廷。ほとんど元通りでしたね」
「うん?そうだね。みんな頑張ってるよ」
「…あの子、強くなりましたね」
「あの子?」
「…………副官の」


よせばいいのに、彼女の話題を口にしてしまった。
瞼に焼き付いて離れないのだ。
黒い小さな背中と桃色の大きな背中がいつまでもいつまでも残像として残っている。
口にせずにはいられない。だから今は私の気持ちを汲んで、寂しい思いをさせてごめんね、って、言ってほしい。


「ああ、七緒ちゃんね。まあ色々あったからねェ…あの戦いでさ」
「色々……」
「僕も支えてもらったんだ」
「………ねえ春水さん。好きって言って」
「好きだよ。今日はどうしたんだい」
「春水さん…………」
「なにがあったか言ってごらん」


好きって言ってよ。
私だけって。
私が1番だと言って。
他の女の子に優しくするなら、それ以上に優しくして。私を1番好きだと毎日毎日、きちんと言って。
お願いしたら、きっとたくさん甘やかしてくれるだろう。でも私がそれで満たされるとは思えなかった。もっと心の深いところで繋がっていたいのに表面的な触れ合いしか求められない自分自身の幼稚さが浮き彫りになり、改めて彼と釣り合わないと自覚して自己嫌悪に苛まれるのがおちだ。
やや思案して、違う話題を選ぶことにした。


「リサと話したんですけど、死神の虚化なんて知りませんでした。そんなことに巻き込まれていたなんて」
「ああ、リサちゃんから聞いたんだね」
「どうして教えてくれなかったんですか」
「どうしてって」


ぐっと低くなった声と一緒に、春水さんの顔から笑みがすうっと消えていった。不穏な様子に鼓動が早まる。色っぽい唇を舐めた後で白けた顔をし、だって、と続けられる。


「なまえはもう護廷隊じゃないでしょ」


霊圧はそのままなのに、まるで威圧されているように息が詰まった。冷たく突き放す言い方は私を黙らせるには十分で、言い返す気すら消えていく。
起き上がった春水さんが強張って動けない私を大切そうに抱きしめて、わななく唇に舐めるようなキスをした


「さあ、もう休もう。おいで、なまえ」


隻眼の彼を怖いと感じた初めての瞬間だった。

総隊長のあなたはきらい。
夫のあなたもきらい。
私の好きな春水さんはどこにいったのだろう。

そんな人は、最初からいなかったのかもしれない。

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