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「護廷隊じゃないからだめなんだって。だったら私なんて最初から貰わなきゃよかったのにね」


玄関に飾った葉牡丹に語りかけても、うんともすんとも言わない。今は、それがありがたかった。
瀞霊廷にはさまざまな商店があり、貴族街の中へ入るとこぢんまりとした花屋がある。季節の花で気分転換でもと中へ入ると、貴族にも関わらずとても気さくな好好爺の主人があれこれ紹介してくださり、花道をかじったこともない私に実際に花を教えてくれたのは、その御子息の清十郎さんだった。艶やかな髪を丁寧に上げた彼はすらりと背の高い美丈夫で話もうまく、落ち込んだ時に行けば必ず時間を割いて話に付き合ってくれる優しさも持ち合わせていた。
昼過ぎに雪柳や小菊を求めていくと、清十郎さんは寒そうに首をすくめながら花の手入れをしている最中だった。


「こんにちは」
「なまえさん、いらっしゃいませ。今日も寒いですね」
「まだまだ寒いですね。その雪柳を少し見せてもらっていいですか?」
「どうぞどうぞ。上がってください。甘酒でもいかがですか?温まりますよ」
「ありがとうございます」


清十郎さんの落ち着いた話し方が好きだった。比べるのはに失礼かもしれないが、夫と違う線の細さがとても素敵に感じてしまうのだ。小上がりに座ってお喋りをする私たちを、花屋の主人は満足そうに見ていた。「あんたが結婚さえしてなけりゃあな」と。私は曖昧に笑い、清十郎さんは何も言わなかった。
少し話して日が暮れる前に帰ろうと腰を上げると、運動不足のふくらはぎが引き攣り、立てなくなってしまった。


「いっ…痛……」
「なまえさんっ、大丈夫ですか?」
「す、すみませんっ…ちょっと攣っただけなので……その、だ、大丈夫です」


彼はは心配そうに眉を寄せて、恐る恐るといった手つきでふくらはぎを撫でてくれた。


「痛むでしょう。少し失礼しますね」
「う、運動不足で…恥ずかしい……」
「寒さもありますよ。このところ冷え込みが厳しいでしょう?」
「…は、はあ……」


投げ出した足を、男らしく太い親指が揉むようにして這っていく。日頃外へ出ることがないため、着物で隠れる素足は病人のように白かった。薄い皮膚に浮き出た青い血管をまじまじ見つめて「雪のように白いですね」と素直な感想を口にした彼が少しはにかみ、うつくしい歯並びが唇の隙間から覗いた。たちまち首のあたりがじゅわっと熱くなる。


「っ……」
「痛かったですか?申し訳ありません」
「あ、違います、……気持ちいいからやめないで」
「それは良かった」


自分のものとは思えないせりふにパッと口を押さえてももう遅く、目のやり場に困って俯くほかなかった。みっともない、はしたない。でも、やめないでほしいのは本当。彼は優しく目尻を下げただけで何も言わない。指の腹がくるぶしをコリコリ押し、清十郎さんは「綺麗ですね」と含み笑う。その言い方があまりに男らしく艶やかな響きを孕んでいて、ますます困ってしまう。


「あまり慣れていらっしゃらないんですね、申し訳ありません」
「い、いえ…」


春水さん以外の男性を知らない私にとって素足に触れられるこの状況で揶揄われると、本当にどうしたらいいのか分からないのだ。笑い飛ばせばいいのに恥ずかしくてできない。歳ばかり食って、情け無い。
気遣いの言葉と一緒に離れていく筋張った手は、おちょくるように踵を指先で撫でた。


「せ、清十郎さん……もういいです…」
「あはは。なまえさん、意外とうぶですね」
「やだ、馬鹿にしてます?」
「まさか。可愛いですよ」
「…ありがとうございます」


触れられたところが痺れるように熱くて、気が気ではなかった。

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