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「リサはここにいていいの?みんな忙しそうだけど」
「ええんや」
「…お、怒ってる?」
「コッチ来たんやったら真っ先にあたしんとこ来てくれると思うとっただけや」
「ごめんね。場所がよく分からなかったし…」


リサは湯呑みにお茶を淹れて、始めこそプンプンしていたけど話すうちにだんだんと和らぎ、彼女たちが辿ったこの100年間の話を丁寧に話してくれた。
私は彼女たちがどんな風に追放され、また戻ってきたのかを詳しくは知らないのだ。春水さんは仕事上の話をあまり話してくれないから、突っ込んで聞くのはどうしても気が引けるから。


「リサたちが復帰したのは知ってたけど、それ以外はなにも知らなかったんだ。大変なときに何もできなくてごめんね」
「聞いてへんの?」
「うん。春水さん、あんまり話してくれないから」
「………」
「有昭田副鬼道長は戻られなかったんだね。残念、会いたかったな」
「今度ハッチに伝えといたるわ。なぁ、いっこ訊きたいんやけど」
「なに?」
「なんであんなんと結婚したん」
「あんなのって…優しいよ、春水さん」
「せやな。あんただけやなくて、誰にでもやけど」
「……やさしいの」


リサの疑問は最もだ。私は春水さんと付き合っていたときでさえ不釣合いだと嘆いていたのだから。


「でも私、しあわせだよ」
「ならええけど」
「なんでそんな顔するの?」
「シケた面しとんで。言いたいことあるなら言いやあ」
「そんなの、何も………」
「リサちゃーん。いるかい?」


春水さんの声が障子の向こうから伸びてくる。どうやら話に夢中になりすぎていたようだ。自分でも理由は分からないけど、私は咄嗟にソファの後ろに隠れてしまった。どうして?なんで?会いに来たよって、言えばいいだけなのに。不思議なのは私の方だ。理由を知りたいのは、私だ。
リサは顔色ひとつ変えず、当たり前のように障子を開いた。


「なんやの」
「アンケート取りに来たんだけど、ある?」
「ん」
「ありがとねえ。……ところで、うちの奥さん見なかったかい」
「見てへん」
「変だねえ…………。霊圧を感じたんだけど」
「きもすぎやろおっさん。ええから仕事戻り」
「お…ひ、ひどくない…?まあ、今日来るように伝えといたからさ、もし見かけたら教えてよ」
「イヤやわ」


胸がすくほどばっさりと短く言い捨てるリサが羨ましくて刺々しい声を吐き捨てて、切るように障子を締めてしまった。


「行ったで」
「う、うん」
「なまえ?あんたら何かあったん」
「………仕事中だから邪魔したら悪いかなってだけ。私、そろそろ帰るね」
「帰るんやったら送るで」
「大丈夫、ひとりで帰れるから」
「ええから」


言えるはずもない。竹を割ったような性格のリサにどろどろした面倒くさい気持ちを伝えたら、きっと嫌がられるだろう。久しぶりに会えた友達からの信頼を無くしたら、私はもう立ち直れない。
廊下から窓の外に視線を投げると、黒い人並みの中であの桃色の大きく広い背中が目に飛び込んできた。嫌だと思っても目についてしまう。そしてもっと嫌なことに、彼のそばには黒髪を結い上げた副官が添うようにして立っている姿も見えてしまう。
私がああやって春水さんの隣を歩いたのはいつだったろうか。背の高い彼を見上げるたびに視線が合って幸せな気持ちになっていた頃はもうずっと昔な気がしてならない。あの頃は自然と名前を呼んでいたのに、今は少し躊躇してしまうのはどうしてだろう。私の春水さんじゃなくなってしまったのは、いつからだろう。


「どないしたん?」
「……私、いやな女だね」
「ええ女やで。自信持ち」
「リサ。……私…」
「ここで泣かんときや。あたしが泣かしたみたいやないの」
「……慰めてよ」


震える声で縋り付けば、リサのすっきりと甘い香りが近づいてくる。涙の跡に触れた唇は、夫のそれよりもずっと柔らかく、私に優しかった。

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