停止した世界で彼らは
2013/04/18 16:09

 なんの変哲もないある日、突然空が無数の光が降り注いだ。
 その白い光は建物を瓦礫に変え、人を物言わぬ屍に変え、人類の営みというのがほぼ全て途絶え──今に至る。


「……やっぱ、めぼしい手掛かりなんて、残ってないよなぁ」

 廃墟の群れと化した元都市を歩きながら、そう独り言ちる男がいた。
 コンクリートの大きな破片で埋まった大通りは、歩くのにも一苦労する。登山靴に変えて良かった、とぼんやりそんなことを考えながら、ビルの下敷きになって潰れた車のナンバープレートを軽く蹴飛ばした。

「九泉さんっ」

 ふと細い声が聞こえて、九泉(くいずみ)と呼ばれた男はそちらに目を向けた。
 走り寄ってきたのは、小柄な女。童顔で、中学生くらいにも見える容姿だが、しっかり成人しているらしい。姓名は名字が雲珠(うず)、名前が槇(まき)というが、九泉がその名字か名前かのどちらか片方で、彼女を呼ぶことはめったにない。

「なんだ、うずまき。美味そうなもんでも見つけたのか」
「うずまきって呼ばないでくーだーさーいー! それとおいしそうなもの探してうろうろしてるわけじゃありません詠慧(よみえ)さんじゃあるまいし」

 不本意なあだ名に頬を膨らませつつ、自分たちのもう一人の連れの名を出して槇は抗議する。二十歳をすぎたという割には、外見年齢らしく子供っぽい仕草だ。
 だが九泉は槇の台詞の前半部分を聞き流し、後半部分にだけ返答した。

「あー、緋雁道(ひがんどう)か……ちゃんと探してんだろーな、あいつガチで拾い喰いとかに夢中になってたりしそうだわ」
「まあ……瓦礫ばかりですし、なかなか捗りませんけども」

 ため息と共にそう言った槇の表情が、ふと緊張を帯びて硬くなる。

「──どうした」

 彼女の異変を察し、九泉も警戒しつつ声をかける。

「連中が、近づいてきてますね。数は……およそ30体」
「団体様かよ、めんどくせえ」

 毒づきながら、九泉は右手の掌を上に向けて胸の高さに構える。一拍遅れて、その掌にラグビーボール型の黒いものがどこからともなくことりと落ちた。

「うずまき、なんか要るか」

 相変わらずの呼び名だったが、槇も今回は苦言を呈すことなく、必要最低限だけ答える。

「盾的なものを、できれば。下手に武器振り回して、九泉さんに当たったら申し訳ないですし」
「りょーかい」

 とたん、と直径60cmほどの、鈍く光るステンレスの円盤が地面に落ちる。取っ手のついたそれを拾い上げて、槇は微妙な顔をした。

「……これ……お鍋の蓋ですよね……おっきいですけど。どこの初期装備主人公ですか」
「うっせーリアルな盾だったらクソ重いから配慮してやったんだろうが。つーかぶっちゃけ軽くて盾になりそうな物で、ぱっと思いついたのがそれだった」

 適当極まりない九泉の言葉に、でしょうねえ、と槇は肩を落とす。万物を自在に出せるとはいえ、実際に何を出せるかは九泉の知識量や記憶力にも依ってくる。まあ、鍋の蓋でもないよりはましと言えるだろう。すぐに使えなくなる可能性もあるが。

「……さっさと緋雁道が帰ってくりゃ、30体程度一瞬なんだろうがな」

 そうぼやいた九泉に、槇は苦笑した。

「詠慧さんにばかり、頼ってはいられませんよ。なんせ私たちは、大人なんですから」

 ──がらり、と瓦礫を乗り越えて、そいつらはやってきた。
 世界の姿が一変する前にはいなかった、奇妙な見目の化け物たちが。




 謎の光が降り注いで、人類はほぼ死に絶えた。
 だが、幸運にも生き残った者も、僅かながらに存在した。それが、九泉や槇、そして緋雁道詠慧という少女である。
 そして、生き残った者たちは、その日を境に不思議な力をそれぞれ手にしていた。
 九泉は、物質創造能力──無から物を生み出す能力。
 槇は、周囲探知能力──建物や生き物の存在を、レーダーのように感知する能力。
 そういった能力は、この滅びた世界でも生きていくのになかなか役立ち、それさえあれば生き延びるのもわりと容易いように思われた。
『奴ら』が現れるまでは。

「──九泉さん、十時の方向!」

 鋭い槇の声に、九泉は手に持った手榴弾の安全ピンを抜き、指示された方向へとぶん投げる。学生時代、野球部の強豪校で豪腕投手として活躍した手腕は未だに健在で、飛距離も大きく方向もほとんど狂いはない。二秒後、轟音と共に瓦礫と肉片が砕け散った。

「……こういう時、『やったか?』とか言うと死亡フラグなんだろうなー」

 呟きながら再び手榴弾を出現させ、同じ方向に投げておく。爆風が顔をうって、目を細めながら眉を寄せた。
 煙が晴れると、死骸がちらほらと見えた。どうやら、全部とはいわないまでもいくらかは『やった』らしい。白っぽい身体が作り物めいていて、感慨らしい感情がなかなか湧かなかった。
『奴ら』は、光が降る前まではまるで見たこともない生き物だった。姿形は人間に似ている。だが、身長はおよそ小学生程度しかなく、骨と生っ白い皮ばかりな身体に腹だけが出っ張っているその容姿は、古い絵巻物に載っている餓鬼という妖怪に似ていた。ただ、その目はキャラクター化された宇宙人のように、白っぽくて大きくて無機質だ。腕も長くて、二本足よりは四足で走る方が得意らしい。
 そして何よりもの特徴は、人間の作ったものを、一切合財食べる、ということだった。硬度や成分に関わらず、アスファルトはクッキーのように、電線はパスタのように、なにもかも喰われていく。そして、その食欲の対象は、人間そのものに対しても同様だった。九泉たちは奴らが光の影響で死んだ人間の遺体を咀嚼している場面に出くわしたことが何度もあるし、そのままこちらに襲いかかられることも珍しくない。便宜上、その見た目と性質から餓鬼もどき、と呼んでいるが、本当に妖怪の餓鬼そのものが、光に便乗して地獄から這い出してきたんじゃないかと、九泉はそう思いもする。

「やったかどうか、一応私に訊いてくださる形だとありがたいですね。いない所にうっかり手榴弾投げてる間に、その隙を突かれて別方面から来られると厄介ですし」

 冷静な口調で槇が指摘する。次いで、現在の状況を説明した。

「十体ほど死にましたけど残りが回りこみました、向こうのビル越えてきそうですね。餓鬼もどきだと余裕で越えられるでしょうし」

 指されたのは、横倒しになって大通りを塞いでいる、倒壊したビル。横倒しとはいえそれなりに高さがあり、普通なら障害物となってすぐさま乗り越えられるようなものではない。が、しかし。
 がりがり、がりがり、と齧るような音が、閑散とした通りに響いた。いや、『ような』ではないことを、九泉も槇も既に理解している。実際、齧っているのだ、奴らは。丸太を侵食する白蟻のように。
 悪食どもめ、と悪態をつきながら、九泉は三個目の手榴弾を手にする。槇も追加の敵が来ないか気を配りながら、鍋の盾を構えた。
 ──そして。
 はっ、と槇が何かに気付いた表情になる。一際齧る音が大きくなり、ついに廃ビルが両断されて、餓鬼もどきたちが姿を現した。

「──ッ!」

 九泉が大きく、手榴弾を持った手を振りかぶる。だが、その手は槇によって抱え込まれた。

「ばっ、うずまきてめえなに考えて!」
「詠慧さんが来ます!」

 その台詞に、九泉も顔色を変えて手榴弾を握りこんだ。そんな彼らに、餓鬼もどきたちがギシャア、と鳴きながら肉薄する。次の瞬間──ばさり、と餓鬼もどきたちの身体が、真っ二つに分かれた。
 九泉と槇の目の前に、とんっ、と人影が軽やかに降りる。
 目にも鮮やかな紅の長髪を結いあげたその少女は、背後から迫ってきた餓鬼もどきを、両手に持った刀で振り向きもせずに斬り捨てた。踵を返し、残った餓鬼もどきたちに向かって、だんっ、と地面を蹴る。射出された弾丸のように超スピードで移動した先で、ほぼ目にも止まらぬ速さで二刀を煌めかせる。
 緋雁道詠慧。超身体能力──驚異的な膂力や脚力を手にした少女。
 激しい舞いを踊るように、一体切り捨てて即座に半回転、右手の刀で二体をまとめて薙ぎ斬り左手の刀で別の一体を突き刺す。上から降ってきた一体を体を反らしてかわし、右の刀を繰り出した。その攻撃はちょうど餓鬼もどきの大きく開いた口を貫通して喉元に突き刺さったが、事切れる直前に餓鬼もどきにより刃が喰い折られてしまった。

「緋雁道!」

 名だけ叫んで、九泉は能力を発動する。ざくざくざく、と十本もの刀が、鞘のない剥き身の状態で詠慧の周囲に突き刺さる。餓鬼もどきたちも反射神経がよく、それで串刺しになった者は一体二体くらいしかいなかったが、目的はそこではない。
 あらかじめわかっていたように、詠慧は折れた刀と死体の刺さったままの刀を即座に捨て、九泉の新たに出した刀を手にとり、間髪いれず残った餓鬼もどきたちを叩き斬った。餓鬼もどきたちも他の刀に喰いつくが、そうしている間にも容赦なく詠慧の連撃が襲いかかる。
 あっという間に、餓鬼もどきたちは全て一掃された。
 危機が去った廃都市の一角に、ほっとした空気が流れる。

「なんとか、やり過ごしましたね……詠慧さん、お疲れさまです」

 鍋の蓋を捨て、槇が安堵した表情で詠慧を労った。声をかけられた詠慧はというと、ざく、と両手の刀を地面に刺し、そのままふらふらと近づいてくる。
 そしてその足取りのおぼつかなさに、すわ怪我でもしたか、と危惧する九泉と槇に、死んだ目を向け、抑揚のない口調で、言った。

「……おなか、すいた……食べるもの、ない……?」




「……じゃ、まあ、今日もなにも収穫なし、ってことか」

 危機を脱し、死骸まみれの大通りから少し離れた場所へ移動し、九泉がパンだの白米だの大量の食糧を出して詠慧に与えてから、今回の探索をそう総括した。
 自分たち以外に生きている人間、もしくはその痕跡になるようなものを探す、というのが彼らの探索の主な目的だが、今のところ、お互い以外には見つかったことはない。生体や、物体の構造の探索なら槇の能力でなんとかなるのだが、『紙に書かれた文章を読む』などとなると、彼女の能力適用の範囲外になってくるので、結局こつこつと探す他ない。

「まあ、他の人間が全滅してるってのは、地球を一めぐりしたわけでもないから、断定はできないしな。例の光の原因も、降らせた張本人が人であれなんであれ、生きてないとは言えないし。地道に探していくか」

 ですね、と槇も頷く。詠慧が、ぼそりと付け足した。

「光を降らせた、なにかよりも……この壊滅に、便乗して……先に、人類を滅ぼすのが……目的だから。完全に。……残さない」
「そういう怖いこと言うのやめましょうよぉ……」

 槇があわあわとたしなめるが、九泉は軽く笑った。

「いいじゃねえか、人類救う救世主になるよりはよっぽど夢があるぜ。叶いそうにない夢だからこそ、余計実現させるのにひたむきになれるんだ、そうだろう?」
「屁理屈です……」
「屁理屈でも理屈は理屈ー」
「子供ですかーっ!」
「子供に言われたかねーんだよ!!」
「子供じゃありません私は大人ですーっ!!」

 ぎゃあすかと言い合いを始めた大人組をよそに、詠慧は一人、呟く。

「生きるのが、当たり前の筋書きなら……本当には、生きられないから」

 ──全ては、生きるため。
 



 世界が歩みを止めても、彼らの歩みは進んで行く。




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