▽青いソルベ、遙真


帰り道にあるコンビニで青いアイスをひとつ買った。懐かしいソーダ味は冷たい水で火照った体を冷やしてくれる。
渚と怜の待つ外に出て、暑い西日にさらされながら溶けないうちに包みを開けた。真ん中に切れ目の入ったアイスを半分から折ろうとしてふと気づく。
ああ、今日は真琴がいない。
分け合う相手がいないのだ。
行き場をなくした片方のアイスも急いでかじり飲み込んだ。やっぱり一人には多すぎると思った。



2014/07/24 12:31


▽目を逸らす、遙←真前提怜→真


嘲るような笑みを浮かべて怜は言う。酷薄な口元がぎりりと歪む。
「報われない恋は楽しいですか」
「……うるさい」
「振り向いてもくれない相手を17年も想い続けて、あなたは本当に健気な人だ」
「っ黙れ、」
「敬服に値しますよ、ええ。本当に。僕には真似できない」
「黙れって言ってるだろ!!」
俺への嘲弄を隠そうともしない怜の胸倉を掴み上げた。怜はますます愚かしそうな、哀れみばかりに表情を満たして僅かだけ苦しそうに息を吐く。
「ほら、みろ」
やめてくれ。言わないで、怜。
「辛いくせに、馬鹿みたいだ」
ーーーー気づきたくないんだ、お願い。



2014/07/19 17:37


▽プリンスとプリンセス、渚真


渚と言い争いをしたのは初めてだ。付き合いだして三日目の、二人きりの日曜日。
「マコちゃんだよ!」
「渚だろ!」
「絶対マコちゃん!」
「渚だって!」
誰かがはたから眺めていれば、一体何のことかと思うかもしれない。俺たちにとっては重要なことだけれど、凛あたりに言わせれば何をくだらないことで、ってやつだった。
言い争いの原因はといえば。
「マコちゃんがお姫様に決まってるでしょ!」
「どう見ても俺より渚の方がお姫様っぽいだろ!」
そんな感じだ。
どこからこんな話になったのかはよく覚えていないし、たぶん思い出せないと思う。とにかく渚は俺のことをお姫様だと言って憚らないし、俺は自分よりも渚の方が、あくまでどちらかといえばお姫様だと主張して譲らなかった。
がしがし意見をぶつかり合わせて、同じタイミングで言葉が切れたとき、息を吸い込む俺よりも早く渚がぱっと口を開く。
「マコちゃんは人魚姫読んだことある?白雪姫とか、眠りの森の美女とかは?」
「……あるけど、それがどうしたんだ」
「よーく思い出してみてよ」
そう言われ、頭の中で一通りのストーリーを辿ってみる。お姫様がいて、不幸な目にあって、王子様に助けられる。だいたいがそんな話。渚の意図が分からなくてすこうし低いところにある桃色の瞳を覗き込む。
「わからないかなあ」
つまりだよ、と渚は言った。
「お姫様って色んな人がいるでしょ。人じゃないお姫様だっているし」
「うん」
「でもね、王子様はみんな似てる」
「……うん」
確かに、そうだ。おとぎ話の王子様は、みんなきらきらとした金色の髪で、颯爽と白馬を駆っていて、豪華なお城に整った顔。その他いろいろ大体はテンプレートだ。
ああ、そうか、渚の言いたいことって。
「お姫様にセオリーはないけれど、王子様はいつだってきらきらで金髪で誰よりも強い優男だって決まってるの」
自分とテンプレートの王子様との共通点を指折り数えて渚が笑う。
「白馬とか、お城とかはさすがに時代にそぐわないけど。……でも、王子様はやっぱり僕だよ。そうでしょ」
妙に説得力のある言葉で、あんまりにも堂々と主張されたものだから、反論する気も起きなくなって深く、ふかあくため息をついた。
「僕たちの誰よりも背が高くて、力が強くて、マッスルコンテストで優勝しちゃうマコちゃんは僕だけのお姫様なんだ」
よく聞くと酷い主張でも、渚が言うとそうかな、と思えた。俺なんかがいいと言うのなら、渚だけのお姫様になってもいいかもしれない、なんて思った。



2014/07/17 20:48


▽春待つ人、遙真


寝坊して待ち合わせに遅刻した俺が、全力で走って駆けつけると耳も鼻も寒さで真っ赤にした真琴が息を切らす俺に振り向き笑った。
「ハル」
「っ、待たせた」
「いいよ、俺も今来たところだから」
躊躇いもせずに嘘をつき、俺に罪悪感を抱かせまいとする真琴の献身に苦しくなる。怒っていいのに、いいや、怒るべきだろう。そんなに身体を震わせて、芯まで冷え切るまで待たせたのは、すべて俺だけの責なのだから。
氷のような真琴の手を掴んでコートのポケットに招く。走って来たせいで熱いほどの俺の体温を分け与える。握り締めた手が火傷しそうにひりつくのは、きっと真琴も同じだろう。



2014/07/15 20:26


▽エンドロール、怜真


責任をとってくださいな。
俺の心も俺の非も、全部押し付けて笑いかけると、眼鏡を外した怜の顔が一瞬で素敵に引きつった。
あゝ、その顔が見たくて言ったのだ。俺はとてもとても満足する。人のことを重たがって、今にも逃げたいような怜のことを許してあげようと寛大に思う。
さあ、逃げたらいい。嘘だよ、と告げて微笑む俺の両手を怜が痛いほど、強く掴んだ。ぎりりと爪を立てられる。
「責任、取ります。取らせてください」
思いがけずに真剣な目は、固い決意を宿していて罪悪感に胸がざわつく。そんなつもりじゃなかったと言っても聞いてはくれそうにない目をしている。それならば、俺は傲慢に、怜を許すしかできなさそうだ。



2014/07/10 22:16


▽純潔、遙真


とうとう純潔を奪われた。清い身体ではなくなってしまった。投げ出した手の先をぼんやり眺める。心もとない布一枚をまとって転がる俺の身体は昨日と何が変わったのだろう。本来そういうものではない場所に本来そういうものではないものを受け入れただけの、たったそれだけの違いだけれど。
開け放した縁側から吹き込む夜風が火照った肌を撫でさすり冷ます。喉が渇いた、と思うのと同時、俺のはじめてを奪ったやつが水の注がれたグラスを片手に平然な顔して戻ってきた。水、と呟く。頷かれる。そうじゃなくて、ちょうだいよ。俺の言葉に応えるように、そいつは透明な液体を一口分だけ含んでみせた。
少しだけ荒んだ気分のまま、だらしなく、唇を半分開いて降りてくるのを待っていた。



2014/07/10 21:26


▽少し昔の七夕、遙真


毎年今の時期になると、畳間の真ん中に陣取ったハルの周囲は色とりどりの千代紙や半透明の和紙で埋め尽くされた。器用に動く手先から生み出される繊細な七夕飾りの数々。天の川、提灯、吹き流し。ごく薄い紙でできたそれらが、さらさらと水のような音を立てて幾層にも積み重ねられていく。完成しては床に落とされるそれらを笹に結いつけるのは、いつも俺の役目だった。
俺はハルのように器用ではなくて、例えば天の川を作ろうと向こう側を透かすほど華奢な紙に触れていると、いつの間にか端からぴりぴりと破れてとても飾れるようなものにならない。一応、何度も挑戦してはみたのだけれど、せっかく綺麗な模様の紙を無駄にするだけだと分かっただけだ。
濃い緑と明るい緑と少しの白でできた笹の葉からは、よく乾いて真新しいい草のような匂いがする。糸みたいに細く切り開かれた縮緬模様の吹き流しを、飛び出した笹の葉に絡ませながら胸いっぱいに匂いを吸い込み勢いよく吐き出した。今しがた吊るしたばかりの吹き流しがふわりと呼気に流されて舞った。そうしてほんの僅か目を離している間にも、ハルの周囲にはまた新しい網飾り(今度は山型のやつだ)がいくつも積み上がっていく。真剣なハルの横顔をじっと見つめながら、七夕飾りと笹が擦れ合う微かな音は川のせせらぎによく似ているからこんなにもハルは夢中になっているのかもしれない、目には見えないハルの心に触れてみようと試みる。笹の葉やとりどりの七夕飾り、頭上から俺に降り注ぐ虹色の奔流から手を伸ばして。



2014/07/07 23:16


▽恥じらいの存在しない怜ちゃん、怜真


「口を開けてください」と言われて、この状況で素直に開ける人は果たしてどれぐらいいるのだろう。部室の青い長椅子は横たわるには窮屈で、半身を起こす俺の目の前に差し出されている乳白色の甘い冷たさ。
うっかりと開いてしまわぬよう、堅めに唇を噛んだまま嫌々と首を振ってみる。わがままを言う子供を見ているような、そんな目で怜が俺を覗いた。そんな顔、されたって。だって二人きりならまだしも、ここには今もハルや渚、コウちゃんがいて俺たちのことをじっと見ているのに!
「わがままを言わないでください」
思った通りのことを口にして、怜がプラスチック製のスプーンごとバニラアイスを唇に押し付けてきた。体温に溶け出したアイスクリームは少しの振動でとろりと零れて、頑なに口を閉じたままの俺の肌を伝い落ちていく。
その様子をじっと眺めていた怜が、本当になんの前触れもなく、べろりと舌でアイスを舐めとり「先輩が早く食べないから溶けてしまいました」なんて平然と言った瞬間、こんなことなら口ぐらい素直に開けておけばよかったなんて今更ながらに後悔した。



2014/07/03 20:02


▽君だけが戻ってくる、怜真


「……!」
「わっちょっと!待ってよハルちゃん!プールサイド走ると危ないよ!」
お目当てのプールが視界に飛び込み、無言で駆け出すハルの後を渚が慌てて追いかけていく。俺は、踏み出した足に合わせて揺れる黒と黄色の頭ふたつをぼんやり眺めながら歩いていた。口ではダメだと言いながら、ハルにつられて駆け出している渚を反射的に追いかけようと、水着越しにふくらはぎを強張らせた怜が不意にぴたりと動きを止める。
「真琴先輩」
「え?」
それから、俺の方を振り向くと数歩分の距離を戻ってきて、いつの間にか足を止めていた俺の左腕をやわらかく掴んだ。
「行きましょう」
声も出せずに頷いて、引かれるまま怜に合わせて歩く。どうしてか、とても驚いてしまって、怜の顔がまともに見られなくて、始終俯くこちらに構わず怜はすたすたと小気味よく歩いた。



2014/07/03 20:01


▽喘息持ちのまこちゃん、凛真


胸の中に風が吹く。吸い込んだ空気を吹き飛ばしてゆく。激しい咳と断続的な喘鳴、息が苦しくて視界が霞む。その場に膝をついた俺の背を、傍らから伸びた広い手が支えた。同時に、口元へと押し当てられる吸入器。
生理的な涙で頬を濡らしながら、必死に呼吸を繰り返し続ける。発作は徐々に収まりをみせた。背中を撫でる手の動きに合わせ、ゆっくりと息をコントロールする。
「っ……あ、りがと、凛」
「まだ喋るな」
無愛想な言葉に反し、俺だけに捧げられた優しさに満ちたその声色で、また少し呼吸が楽になる。力の入らない手を持ち上げると、何もかも分かっている凛が固く俺の手を握ってくれた。



2014/06/25 19:32


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