お節介でも本音なんだから仕方ない


 アトリア姉様は、かなりおかしい。

「あら。おはよう、レジー。来てくれてありがとう」

 母様と喧嘩する兄を庇って、夏休み中を廊下の牢で過ごすことになった姉様。

 牢とはいっても、クリーチャーが食事を運ぶのも、シリウスや僕が宿題や彼女宛の手紙を届けることを両親は黙認している。

 そして、名家が開催するパーティには何事もなかったかのように出席して再び牢へ。毛布はあっても冷たい床で眠ることに、弱音の一つも吐かなかった。

 僕は鉄柵の向こうで微笑む姉様に訊ねた。

「なぜ、シリウスを庇うのですか」
「彼もまた、貴方と同じ私の弟だからよ」
「辛くはないのですか」
「そうねえ。強いて言うなら、シリウスとレギュラスに会いに行けないことが辛いかしら」
「姉様」

 咎めるように声を変えると、彼女は肩を竦めて苦笑した。

「本当よ、レジー。聞いてちょうだい。
 確かに大変だわ、こんな殺風景なところ。机はガタガタするし、椅子も傾いてる。絨毯やクッション、ソファもないし、シャワーは好きな時に浴びることができない。夜も冷えるのよ。明かりも松明だし。窓もない。空も草も花も何一つ。でもね」

 アトリア姉様は内緒話をするように、右手を口の横に当てて声を顰めて微笑った。

「寂しくはないの。ふたりが会いに来てくれるからね」
「後悔はないのですか」

 彼女は、シリウスを庇って牢に入れられた。
 シリウスはどこまでも愚かだ。彼が姉様を気にかけているのは知っている。気にかけるくらいなら、従えばいいんだ。

 母様の言うことなんて、素直に聞けば済む話なのに。そうすれば、姉様がこんな目に遭うことはないじゃないか。

 そして姉様もまた。

「シリウスなんて、庇う必要ありません。アトリア姉様は優秀です。魔法も座学も。帝王だってご存じであらせられるほどに。社交界だって。その気になれば引く手数多だ。それを、あんな出来損ないのためにーーー」

 アトリア姉様が哀しそうに眉を下げたのを見て、僕は思わず彼女から目を逸らした。

 姉様もまた愚かだ。
 愚か者を庇って、自らも脱落者として身を落とそうとしているのだから。

 彼女は鉄柵から両手を伸ばして、黙って俯く僕の頬をそっと包む。ゆるりと視線を上げると、いつもの優しげな瞳と目が合った。

「ねえ、レジー」
「……はい、アトリア姉様」
「後悔はないか、ってさっき聞いたわね」
「聞きました」
「後悔はないけど、心配事ならあるの」
「心配事、ですか」

 聞いてくれるかしら?と珍しく躊躇いがちに言われたので頷くと、姉様はふわりと微笑んだ。

「シリウスがまた、母様の逆燐に触れていないか。レギュラスが好き嫌いをして、クリーチャーを困らせていないかってね」

 呆れた。
 この後に及んでも、僕たちのことなんて。

「僕には分からない。理解できません。牢に入ってまで誰かを庇うなんて馬鹿げてる」
「分からなくて当然よ。だって貴方は私じゃないもの」

 頭を振る僕に対して、彼女はあっけらかんと言ってのけた。

 確かにそうだ。
 僕は、アトリア姉様じゃない。弟のいる姉の気持ちなんか分からないし、牢に入るような仕打ちを甘んじて受けている気持ちなんか分かりたくもない。

「けれど、それを言うなら姉様だって、僕の気持ちは分からないはずだ」
「ええ、分からない時があるわ。でも今は分かる」
「じゃあ言ってみてください」
「『もっとうまく、立ち振る舞えばいいのに』。違う?」
「分かっているならそうなさってくださいよ。姉様なら容易な事でしょう」
「それじゃあ意味がないのよ」
「やはり僕には分からない」

 言い当てられたことが悔しくて年甲斐なく剥れると、姉様はふっと目を細めた。

「でも、そうね。いつか。いつの日か、あなたにも分かる日が来ると思うわ。大切な誰かを守る時が訪れたらね」
「遠慮します」
「ふふ、多分無理よ。だってねえ、優しいレジー。貴方は私の弟だもの」

 この時ほど、僕がアトリア・ブラックの弟であることを嫌悪した瞬間はなかった。

 そして、遠ざかる水面を眺めた時ほど、彼女の弟であったことを感謝した瞬間はなかった。
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