もしくは対等のつもり?


 ライドウと交代で昼休憩に入った。
 昼飯を食おうと行きつけの屋台の暖簾をくぐると、見知った顔があった。

「チヒロ」
「ああ、ゲンマか」

 お疲れさん、とこちらに緩い笑顔を向ける同期は目の下に隈をこさえていた。

 昼食の混雑時が過ぎたからか、店にはチヒロだけが座っている。
 オレはその隣に腰を下ろし、鯖の煮付けと南瓜の煮物、小鉢を二、三注文した。

「お前こそお疲れ様だな。今回は何徹だ」
「ギリ2徹。3徹は逃れた」
「帰って寝た方がいいんじゃないのか」
「本当はそうしたいけど、帰っても飯ないし。起きてから作る方が面倒だから、今食っちゃおうかと」

 珍しいな。
 普段ならカカシがいるか、いないときは作り置きしていくものが残ってるとか言って、徹夜した日は直帰しているはずなのに。

 (また何かあったのかコイツら)

 怠そうに煮物の人参を咀嚼する横顔を見遣る。食事を楽しむと言うよりは、食べないと死ぬから栄養摂るために口に入れているという印象を受けた。

 オレは出てきた小鉢と白米の茶碗を受け取った。鯖を解していると、隣から「そういえば」と思い出したように声をかけられる。

「ゲンマ、中忍試験第三次試験の試験官やるって言ってたよな」
「ん、まあな」
「気をつけろよ」
「なにを」

 チヒロは、味噌汁を置いて神妙な面持ちで言った。

「今年の受験生は怪獣揃いだぞ」
「話くらい聞いてやるから、その表情はやめろ。言ってることアホなのに隈濃いから微妙に恐ぇ」
「隈に文句言ってくれ」

 オレは醤油の味が染み込んだ里芋を口に放り込んだ。

「さてはお前、怪獣を知らないな。大戦時の尾獣をモチーフにした映画のアレを」
「いや、知ってっけど」

 下忍を怪獣に例えるなんて乱暴すぎると思ったが、彼は陰鬱そうに首を横に振る。

「最近の中忍試験は、俺たちの時代に比べたら平和なもんだったろ。戦時下と比べんなって話だけど。
 確かに、これまでも救護班から運ばれてくる下忍たちの中には大怪我してる子もいたよ。でもまあ、試験内容的にギリ許容範囲だったんだ」

 チヒロはこう言うが。

 (許容範囲……?)

 はて、と内心首を傾げる。
 去年の試験は観客席で待機していたが、オレが見ただけでも複雑骨折、幻術による自我喪失、錯乱、全身打撲諸々あったはずだ。

 (許容する範囲だったのか、アレ)

 ともすれば、任務で一緒になった時は、クナイの擦り傷程度でも治そうとするし。
 オレは、未だにコイツの判断基準が理解できない。

「つまり、今回はお前が言う許容範囲外だったってことか」
「そういうこと。なんたって、予選の後の救急室は阿鼻叫喚だったんだ」

 ふっとチヒロの目が遠くなる。

「一人は呪印こさえてきて暗部護衛付きの集中治療室行き。一人は、心室細動起こして10分ともたない状態で即オペ。一人は全身の粉砕骨折に筋肉断裂、手足は酷く潰されて。
 カルテ書くために報告聞いたら、砂が原因なんだって。なんだよ、砂に潰されるって。砂ってみんなで仲良くお山作るアレだろ。トンネル掘ってお手手繋ぐやつじゃねーか。どうしてあんな、しかもあの子をあそこまで、どいつもこいつも無茶ばかり……、ぐすっ」

 オーバーワークの反動か。チヒロは目頭を抑えて泣き始めた。

 (いよいよ面倒臭くなってきたな)

 どれくらいかっていうと、チヒロが酒を三杯飲んだ時くらいに面倒臭い。こいつにとって、徹夜と酒の反動が似通っているから頭が痛い。

「今回の試験出る子たちの担当上忍って、俺らの同期だったよな」
「そうだな」
「お互い苦労するな」
「ほん……っとうにな」

 目一杯溜めてから同意した。
 今まさにその同期から気苦労させられてるんだが、今も昔も誰であれ、させている側はまるで気付いていないんだから皮肉なものだ。

 (なんで休憩時間に疲れてるんだろうオレ)

 好物の南瓜の煮物でもなければ、聞いているこちらがもたない。

 ひとしきり話して満足したのか。締めのシャーベットを注文したチヒロは、後ろポシェットから煙草の箱とライターを取り出して言った。

「一本吸ってもいい?」
「オレは構わねーけど。ふかしていいのか。最近カカシに怒られたんだろ」
「大丈夫だよ。アイツ、サスケの修行でひと月帰れないって言ってたから」

 ようやく合点がいった。

 (カカシがいないから、外で食ってたわけだ)

 一人なら外食の方が楽なのは認める。不規則な生活なら尚更。食材余らせて腐らせずに済むし、手間もかからない。

「担当上忍になってから、下忍たちに合わせて受け持つ任務のランクも下がっただろ。長期って言っても、昔ほど長く里を開けたりはしないし。代わりに、以前よりもウチに寄る頻度が増えててな」
「ふーん」
「それは別にいいんだが。ガキの面倒見始めたからか、近頃オカン具合に磨きかかってんだよ。休日飯抜いて丸々寝ようとしたら、医者の不摂政だってしこたま叱られた」
「それはお前が悪い」

 煙を燻らせながら話していた彼の前に、涼しげな皿が置かれた。

「ともあれ、これでやっと羽伸ばせる!」

 チヒロはグーっと背伸びしてから、タバコの火を消した。
 食べ終わって手持ち無沙汰になったオレは「これから何をしようかな」と笑いながらシャーベットを掬う隣の彼を眺める。

 (気付いてんのか、気付いてないのか)

 はたまた、気付きたくないのか。

 明るい声を出そうとすればするほど。笑おうとすればするほど。その横顔はどこか寂しそうに陰って見えた。

「前さ、ゲンマが言ってた『糸』のこと」
「ん?ああ」
「あれ、子どもたちが解いてくれたんだ」

 子どもたち、というのは恐らくカカシの部下たちのことだろう。

「嬉しかったよ。カカシのあんな顔、初めて見た」

 その時を思い出しているようで、チヒロは眩しそうに目を細める。

「仲間と一緒に未来を見据えている。あれならもう、自分から死を望むことはないだろ。だから」

 淵に当たったスプーンが、空の皿の中にカラリと転がった。

「そんなアイツを、これ以上俺の都合で縛るわけにはいかないと思った」
「チヒロ」
「カカシの側にいるのは、オレじゃなくてもいいんだから」
「カカシがそう言ったのか」

 咄嗟に返したオレの言葉に、チヒロは頭を振る。

「なら尚更だ。必要か必要じゃないかを決めるのはお前自身じゃない」
「でも俺が側にいても、枷になる。カカシを過去に縛り付けるだけだ。
 それに、始めたのは俺だから。俺が終わらせないと」

 何を、とは聞けなかった。

 二人の間に何かあることは知っているが、何があるかは知らない。きっとそこは他人が踏み込むところではないし、踏み込んでいいところではない。

 なにより、

 (こうと決めたチヒロはテコでも動かないからな)

 二人の関係性の問題だ。今回ばかりは外野が何か言ったところで説得力などありはしない。

 カカシ本人から言われるか、余程衝撃を受けない限り今のこいつの考えが変わることはないだろう。

「……オレは、お互いがそれで納得してるなら、そのままでいいと思うけどな」
「どう、だろうな。半ば強引に取り付けたことだし。あの頃はリンとの約束を守るために、なんとかカカシを生かそうと必死だっただけだから」

 チヒロは、そう呟いて席を立つ。
 幾分遅れて立ち上がると、オレが財布を出すより早く、チヒロがカウンターにオレの分の代金も置いてから暖簾をくぐった。

「おい」
「いーよ、休憩中なのに悪かった。聞いてくれてありがとう」

 微笑いかけられた。

 (んな痛そうな顔されたら何も言えねーだろが)

 オレは咥えていた千本を噛んだ。

 小さくなっていくチヒロの背中が、今日に限って妙に目に焼き付く。

「複雑に考え過ぎなんだよ、お前らは」

 笑いたければ笑えばいい。
 怒りたければ怒ればいい。
 泣きたいならば泣けばいい。

 忍だから出来ない、というのは言い訳の中の一つに過ぎない。

 心を殺す。
 それは同時に、何かを守る時だけであるべきだ。

 忍だって、仲間や家族といて笑うことがある。誰かが馬鹿やらかしたら怒ることもあれば、人知れず隠れて泣くことだってある。
 『未来を歩く誰かのために』と、理想と綺麗事を嘯く暇があるならば。

「寂しいから側にいてくれって、素直にそう言えばいいだけだろうに」
 
 オレたちのような人間は尚更だ。
 今日会えても、明日会える保証なんかないのだから。

 結局オレは、意固地な同期の背中を見えなくなるまで見送った。
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