死ぬか生きるかってやつですよ


 千手扉間。
 うちはの長である、マダラさんの弟。うちはイズナさんの仇。そう聞き及んでいた。

「千手扉間だ。千手柱間、うちはマダラの使いとして参った」

 ゆえに僕は、その名を耳にして迷わず刀を抜いた。

 (この人が、マダラさんの弟を)

 優しいあの人の心に癒えようのない傷を付けた。許さない。許せるか。許せない。

 感情に支配され、目の前が赤く染まる。

 しかし、呼吸が詰まり膝を折った。
 肺の痛みに耐えきれず、地面に手をつく。

 己に一度でも刃を向けた。そんな僕を、扉間はあろうことか介抱してくれた。

 幼い頃から身体が弱かった。
 それゆえ、他人の視線には人一倍敏感だった。少なくとも、その行為が善意から来ているものなのか。仕方なく、面倒に思われているのかくらいは直ぐに判別がつく。

 目の前の彼は、前者だった。

 (不器用な男だ)

 褒め言葉一つさえ罠でないかと疑い、会話の一つにさえも逡巡する。

 彼もまた、マダラさんや僕と同じ。この時代に翻弄された一人なのだと分かった。




 扉間に連れられて千手の陣営へと向かう。

 彼がその中央に建つ天幕を捲ると、腰に届くほどの長い黒髪の男とマダラさんとが、机に広げた地図を囲んで話し合っていた。

「兄者、戻ったぞ」
「おお!ご苦労!」

 快活に笑ってこちらを振り返る男。彼につられるようにして、マダラさんも顔を上げた。

「コハク」
「マダラさん……!」

 呼ばれて駆け寄ると、彼はふっと目尻を下げた。

「お身体は大丈夫ですか。痛むところは。傷薬ありますよ。包帯巻きましょうか」
「問題ない。それより薬は飲んだか」
「はい。飲みました」
「そうか」

 ああ、なんとお優しいのか。傷のある御身より、僕のことを案じてくださるなんて。

 僕は頭を撫ぜる手を黙って受け入れる。
 不謹慎にも口元が緩みそうになるのを必死に耐えていると、隣からは何やら微笑ましい視線が送られ、背中には白けた視線が突き刺さる。

「なんですか、扉間。その目は」
「ハァ……、予想はしていたが。はち切れんばかりに振っている貴様の尻尾が、いつ千切れるかと思ってな」
「尻尾?」
「うむ!うむ!マダラ、お前も良い子に懐かれているではないか」
「別に。そういうんじゃねーよ」

 扉間に兄者と呼ばれていた男が、こちらへ一歩進み出た。真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。

「千手が長、千手柱間と申す」
「うちはコハクと申します。お会いできて光栄です」

 頭を下げると、ぐわしっと頭を掴まれ、あろうことかわっしゃわっしゃと髪を掻き回された。

「ああああの……!?」
「「柱間(兄者)!」」
「なに、遠慮するでないぞ!いくらでも撫でてやろう!」
「「違う!今すぐその手を離せ!」」

 マダラさんと扉間に一喝され、肩を落としてズンと沈んでしまった柱間さん。落ち込んでいる姿には胸が痛むが、正直助かった。首がもげるかと思った。

「お前たちだけずるいぞ……、オレとて自分より小さき者を撫でてみたいぞ……」
「見たら分かんだろ。コイツはお前ほど頑丈じゃねーんだよ。力の加減くらいしろ」
「オレはそもそも撫でていない」
「小さいと仰るほど幼くはないのですが」

 確かに同年代より体は小さい。
 しかし、これでも二十歳近い男だ。幼子にするようにされても素直に喜べはしない。乱れた髪を手で撫で付けながら曖昧に笑ってみせると、柱間さんは眉根を僅かに寄せた。

「む、そういうつもりではなかったのだ。すまない。ただ、マダラがコハクを可愛がっているところを見たら、オレも嬉しくなってしまってな」
「誰がなんだって」
「コハクが来るまで座りもせずソワソワしていたのは誰ぞ」
「うっせェよ!」

 驚いた。
 マダラさんが、誰かと砕けた口調で話すところを初めて見たからだ。

 マダラさんにツッコまれた柱間さんが落ち込んで。しかし彼のボヤキに、再びマダラさんが返して。

 応酬するうちに、話題はこれからの一族の枠組み、そして里の建設へと移っていく。なぜだろう。熱心に語り合う長たちを見ていると、聞いているこちらまで胸が熱くなる。

「フフ……、お二人とも楽しそうですね」
「甘いだけよ。理想だけではどうにもなるまい」

 やはり難儀な性格だな。

 眉間を押さえて嘆息する扉間。僕はそんな彼から麻袋を受け取り苦笑した。




 マダラさんと柱間さんの動きは早かった。 
 協定を結び、早速里作りに取り掛かる。

 話し合いで決まった地図を元に木を切り倒し、家や建物を建てる。
 これは木遁を得意とする千手一族が担った。

 その区画を整備し、電線や生活に必要なインフラを整える。
 これはうちは一族が担った。

 互いの一族が協力し、形となった里。
 子どもたちが笑って行き交い、大人たちが酒を呑み交わす光景。柔らかい土を踏み歩きながら、僕は目細める。

「ただの夢だと思っていた」

 ポツリと、隣を歩くマダラさんが呟いた。

「こんな日が、来るとはな」
「ええ、本当に」

 少しばかり肌寒く感じて肩の羽織りを掛け直すと、気遣う視線が降ってきたので大丈夫だと笑ってみせた。

「しかし、これからどうしたもんかな」
「どうとは」
「何をして食っていこうかと思っただけだ」

 食堂。商店。学校。病院。
 人が定住すると、忍以外の職業も必要とされ、各々その特性を活かした職に就くようになった。

「マダラさんは、うちはのご当主でしょう。それに里一番の忍であらせられます」
「当主がふんぞり返ってるだけってのもな。それに、里一番は柱間ーーー」
「いいえ、マダラさんです」
「はし」
「マダラさん、です」
「……」

 マダラさんは、ふとある時にご自分を卑下されることがある。

 それは弟を守りきれなかったことへの自責の念か。それとも、一族を率いて戦い切ることが出来なかった過去がそうさせるのかは分からない。

 だが誰がなんと言おうと、マダラさんは強く優しい人だ。
 たとえ、否定するのが当人だとしてもこれだけは譲らない。
 
 「兄者が強いに決まっている」と横槍を入れてきた扉間を脳内から締め出して言い張ると、マダラさんはククッと喉を鳴らして笑った。

「お前も物好きだな」
「マダラさんは教えるのが上手いのですから、教師でもよろしいのでは」
「この面だ。皆が逃げていくだろう」
「なに。子どもは純粋ですよ。それこそ本能で感じ取る。貴方を慕う子もきっと現れます」
「フ……、だといいがな」

 それから屋台でご飯を食べ、マダラさんは僕をうちはの門前まで送ってくださった。

 この後、柱間さんとお会いするらしい。先に戻っているように言われて門を潜る。

「コハク」
「はい」
「ありがとな」

 呼び止められて振り返ると、突然マダラさんから礼を言われて戸惑った。

「なぜ、貴方が」

 礼を言うべきは僕の方だ。

 マダラさんが助けてくださったから、僕は今に生きている。貴方がいてくださるから、僕は呼吸ができる。貴方こそが僕にとっての光なのに。

「ありがとうございます、マダラさん」
「当然のことをしているまでだ」

 うちはの長として。
 彼は人一倍に一族を愛しているから、気に掛けるのが当然だと思っている。

 そんな貴方の当然が、僕を生かしてくれてるということを。きっと貴方は知らないのだろう。

「今日は遅くなるかもしれない。晩の薬も欠かすなよ」
「はい。マダラさんも、お気をつけて」
「ああ」

 門の奥でその背を見送る。

 (夜食にお稲荷さんでも用意しておこう)

 起きていては叱られるから、書き置きをしておかないとな。

 そんなことを考えながら、台所に足を向ける。

 しかし、僕は甘すぎた。

 つい先刻まで里の中を歩きながら穏やかな表情を浮かべていた彼が。未来を語っていた彼が。里(自らの夢)に対し牙を剥くほど追い詰められることになるなんて。

 マダラさんの側にいながらも。
 彼を取り巻く環境を、抱くその闇の深さを、まるで分かっていなかったのだ。
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