喉元突いて


 伯母上は稀に。本当に稀に、修行をつけてくれることがある。

「ーーーはっ!」

 ここぞという渾身の突き。
 
 ところが伯母はそれを自然体のまま「ほいっ」と身を捻り、軽々と躱してみせる。

「もう終わりーぃ?」
「っ、まだまだ!」

 時には、避けて。時には手の平で受け流す。

 距離を取られては柔拳を扱う上では不利になる。しかし、伯母上との距離は圏内だ。それなのに。

 (当たらない……!)

 生じる焦り。それを抑えるため、一旦距離を取った。

 そうして気付く、もう一つのこと。

「なぜ、攻撃しないのです……?!」

 始まってから今まで。
 伯母は白眼を発動するどころか、オレにただの一度も攻撃をしていない。

 手裏剣一枚、クナイ一本投げないどころか。この距離にありながらも、拳一つ繰り出さないのだ。

 眉を顰めるオレに対し、彼女は背の後ろで手を組み、至極当たり前のように微笑ってみせる。

「だってさぁー、伯母上が本気になったら勝負にならないでしょーぉ」

 その一言は、オレの自尊心(プライド)を傷付けるのには十分だった。

 (絶対に当ててやる……!)

 ピキキ……、と。目の周り。経絡系の隆起する範囲が広がる。

 今まで見えていた経絡系。そこに無数のツボが現れた。

 点穴。

 間違いない。経絡系上に存在する361個のチャクラ穴。正確に突けば、チャクラの流れ増大させたり、止めたり。意のままに出来るとされているツボだった。

『お前を、宗家に生んでやりたかったなぁ』

 ネジには才能があると。

 オレを認めてくれた、亡き父に恥じぬよう。日々その才を磨こうと自分なりに足掻いてきた。それをーーー、

 (勝負にならない、か)

 上等だ。次の手を見てから決めてもらおう……!

 オレは迷うことなく距離を詰め、伯母の肩の点穴を目掛けて突きを繰り出す。

「はぁっ!」
「!へーぇ」

 一瞬。

 伯母が驚きに目を見開いた。しかし、すぐにいつもの飄々とした表情(かお)に戻る。

 そして突きが肩に届くより早く身を避け、オレの腕を掴み止めた。

「チィ……ッ!」
「いーよぉ。気が変わった。勝負してあげる」
「は」

 そう言った彼女はオレの手を離し、瞳を閉じて髪を掻き上げた。

 隆起する目の周り。瞳を開けると同時に発動した白眼。

 初めて見る、柔拳の構えをとった伯母上。

「いくよーぉ」

 ご丁寧にも声を掛けてから繰り出された拳。

 (早ーーー)

 早い。そして、鋭い。

 考える間などない。研ぎ澄ませた感と、鍛えた反射神経を頼りに、いなすので手一杯だった。

 しかも狙ってくるのは点穴ばかりで。

「便利なんだよねぇ、これ。自分より大きな相手倒す時は特に、ね」

 どうせ処理する死体なら、楽に殺して無駄な体力使わずに済むでしょーぉ、なんて流暢に世間話をする傍ら。その突きは一向に止む気配がない。

「ッ、伯母上……!」
「当主様には内緒ねーぇ。あたし、変な期待持たれたり、こき使われるのは大……ッ嫌いだからさーぁ」

 いっそのこと、こき使われた方がいいのでは。

 その日の修行は、思わずそう言いたくなるほどに過酷で苛酷なものであった。
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