愛する故に狂愛


 オレは兄貴が苦手だ。

「お前との任務は久々だなぁ!」
「ああ、そうだな」
「俺がいるからには大船に乗った気でいろ!」
「泥舟の間違いだろうが、バカ兄貴」
「泥だろうと船であれば漕げば進むだろう!」
「そういう問題じゃねーよ」

 頭が痛い。話をしているだけで頭痛がする。

 コイツはオレが物心ついた頃からそうだった。

「よぉし、ゲンマ!どちらが先に火影岩に着くか競争だ!」
「待っ」
「ゲンマ!しっかり捕まっていろ!今日は向こうの山まで行くぞ!」
「ちょ」
「なんだ、もうバテたのかゲンマ!仕方ない!オレが担いでやるからお前は道案内しろ!」
「は」

 全く弟(オレ)の話を聞かない。というか、自分の話を押し付けて、連れ回せるだけ連れ回す。

 途中、二代目の火影岩の鼻を折って先生に怒られようが、熊や大蛇と遭遇しようが、うっかり国境越えそうになって暗部の襲撃に遭おうが全く懲りた様子もなく。

「いやー、今日も楽しかったなぁ!」

 そう言って大口開けてからりと笑う。

 (何がどう楽しかったのか分からない)

 遊びと称して、帰宅する頃には満身創痍。
 おかげで多少の怪我を怪我として認識しない程度には頑丈になったが、こうも毎度連れ回されてはたまったもんじゃなかった。

「もう兄貴とは遊ばねーからな」

 いよいよ堪忍袋が切れたオレは痛む腕に湿布を貼りながら、本人に向かって噛み付いた。

 言われた兄貴はきょとんとしていた。しかし、すぐにポンと手を打っては、

「分かった!では遊びではなく、修行にしよう!」

 と、提案してきた。脱力した。

 (本当に分かってんのか)

 いや、多分分かっていない。分かってないけど、まあ、いい。修行だったら遠慮なく兄貴を倒せる。これまでやられた分、やり返してやる……!と、当時ガキだったオレはいきり立っていた。

 (馬鹿だったな)

 本当に、馬鹿だった。若い証拠だ。今なら絶対考えない。

「女、子どもだからといって情けをかけるな。殺せ」
「お前が死んだら、お前の後ろにあるものが全て消えると思え。里も家族も仲間も、何もかもだ」

 戦場において言っている事は正論なのに、絵面が完全にアウトだった。

 頭から返り血を浴びた兄。
 あろうことか、アカデミーに通っていた真っ新なオレを任務先へ攫うように連れて行き、一足先に『戦争』というものを叩き込んでくれやがった。

 見渡す限りの死体に眩暈がした。
 鼻の奥をつく血の臭いに吐いた。
 子どもが一人、生き残り泣いている様を見て胸が抉れた。

 とてもではないが耐えきれなかった。
 ところが膝を折って地に手をつくオレに、兄貴は無情にも言い放つ。
 
「立て、ゲンマ」

 ひとえに、鬼畜だった。

 修行というからには、体術とか。こう、「俺の拳を受けてみろ!」的なパワーで来ると思ったら違った。まさかメンタル打ってきやがった。

 (なんてヤツだよ……!)

 一体どれ程の人の血を吸ったのだろう。赤黒く染まった薙刀。

 兄は身の丈を超えるそれを肩に担ぎ直し、こちらを見下している。

 (動けねェ……)

 恐怖か。はたまた畏怖か。

 初めて見る兄の姿にゾッとした。鳥肌が立った。手が震えた。

 (これは、誰だ)

 恐い。逃げたい。帰りたい。

 乾いた唇から漏れ出る浅い呼吸。額から取り止めなく汗が流れ、キツく目を閉じた。

 (無理だ)

 無理だ無理だ無理だ。

 (コイツには勝てないーーー!)

 そう思った瞬間、ふと我に返り目を開ける。

 (勝てない?オレが?)

 生まれてこの方、散々振り回されてきたのに。
 北に南に東に西に。オレの方が身体が小さいからと否応なく引っ張られるしかなかったのに。

 (いや、ねーわ)

 ない。
 ようやく背も伸びてきて、このままいけばそれなりに体格も良くなるだろう。たくさん食べてたくさん寝て、たくさん修行して目の前のコイツ伸してやろうと考えてきたのに。

 (勝てねーわけがないだろうが……!)

 オレは土を握り、体を起こす。

 (なにが「鬼」だ)

 兄がそう呼ばれているのは知っている。だが、「鬼(そんなもん)」は存在しない。

 確かに兄貴は人の話を聞かない。
 声はデカイ。力は無駄に強いし、味覚音痴だ。こっちの都合なんざお構いになしに振り回してくるし、何かしでかしても悪びれた様子もなく口だけ謝っては秒でケロリとしていてやがる。

 (兄貴は「人間」だ)

 そうだ、人間だ。

 癖があって灰汁が強いだけの、オレと同じだだの人間なんだ。
 
 オレは震える手を打って膝に置き、奥歯を噛んで立ち上がる。兄を正面から見据えてやると、彼は犬歯を見せてニィと笑った。

「はっはっはっ!そうこなくっちゃなぁ!」
「こんなところで笑うなんて、正気じゃねー。不謹慎だろ」
「そうだ、正気じゃない!だが、これが俺たちの現実だ」

 目を背けるな。
 逃げるな。
 立ち上がれ。
 
 幾度と繰り返された言葉。嬉しくないかな。未だその言葉を思い出し、立ち上がることが多々ある。

「ーーーで、城主の首取れって言われたのに、なんで城が落ちてんだ」
「さぁな!どこぞの土竜(もぐら)が沈めたんだろ!」

 悪びれるどころか、「いやー、気持ちよく落ちなー!」と腰に手を当てて爽やかな笑顔を浮かべる兄貴。

 木ノ葉隠れの里から見て、西の森。

 木のてっぺんに登って向こう側を眺めると、派手に土煙が立ち昇っている。そこは、ついさっきまで城があった場所だった。

 オレと兄貴に下された任務は、城主の首を持って返ること。期間はひと月。手段は問わない。

 (まず潜入して内情を知り、それから城主へ近付く計画を立てるか)

 安全圏。あくまでスタンダードに考えていると。

「あの城なら潜入したことがあるから任せておけ!」

 兄貴が自信に満ちた顔で、ドンと自分の胸を叩きながら宣った。

 こうなった兄とは会話するだけ無駄だと知っている。「じゃあ頼む」と投げてみたら、任されたのが余程嬉しかったのか。パァッと顔を明るくした。

「行ってくる!」

 満面の笑みを浮かべ、一時間ほど姿を消した。そして戻って来たと思ったら、コレである。

「よし、終わったぞ!」

 あろうことか口寄せの巨大土竜に地面を掘らせて、物理的に城を落としてくれやがった。

「あんなにぺしゃんこにして、どうやって首を回収するんだ」
「安心しろ。今頃天守閣に吊るされている」
「は」
「城主は天守閣から景色を見るのが日課だったからな。ヤツが踏み込むと同時に罠が発動し首を吊る。それを合図に城を落としてくれるよう頼んでおいた!」
「……」
「見張りの目を掻い潜る必要もなく、城主を探す手間もない!ついでに城を登る労力もいらない!どうだ、実に省エネな作戦だろう!」

 得意げに胸を張る兄貴。褒めて欲しいのか。褒めて欲しいんだろうな。

「兄貴」
「なんだ」
「あそこで働いていた人たちはどうした」

 オレたちが必要なのは城主の首だけだ。
 関係ない人間まで巻き込んだとなれば、褒めてやるわけにはいかない。

 兄貴はオレの目を見て、フッと目を細めて言った。

「下働きの関係ないヤツらには暇を出した。心配無用だ」

 どうやら、潜入中それなりの立場にいたらしい。

 兄貴を慕っていたかつての部下に指示を出し、最低限の人数を残して暇を出した。

「残った人間もギリギリのところで退避したはずだ」
「人に恵まれてない城主だったな」
「恵まれていたら、滅多にこんな依頼は来ないだろうよ」
「それもそうだ」

 しかし皆に背を向けられるとは、どうにもやるせないものがある。

 肩を竦め溜め息を吐くと、兄貴がバン!とオレの背中を叩き笑った。

「さっさと首を回収して里に戻るぞ!今夜の飲み会は珍しく同期のヤツらが揃うからな!」
「こんな任務の後によく食う気になるな」
「何を言ってる!人間楽しみは食うことだ!ゲンマももっと食べないと俺よりデカくならんぞ!」
「ならんでいい」
「はっはっはっはっ!」

 やっぱり、兄貴(コイツ)だけは好かない。

 オレは千本を咥え直し、「先に行くからな!」と枝を蹴った兄に続いた。




『決めた!俺は飯屋を開くぞ!』

 任務から戻った兄が重体で入院したと聞き、オレは当番をライドウに代わってもらって病院に駆けつけた。

 てっきり呼吸器やらなんやら身体に管をたくさんつけて、集中治療室にいると思いきや。

『なんだ、来たのかゲンマ』

 個室で元気に握り飯をかっ食らっていた。

 (心配するだけ損だったか)

 冷静に考えたらそうだ。こんな頑強な人間が重体になったところで、普通の人間の軽傷程度だろう。

 オレは己の認識の甘さに溜め息を吐いた。

「やめとけ、絶対向いてねぇ。誰を殺す気だ」
『向いているかいないかは重要じゃない!大事なのは好きか嫌いかだ!俺は料理を作るのが好きだからな!』
「それを下手の横好きって言うんだよ」

 言ったところで無駄だった。

 声を失ったことなどまるで感じさせない。
 これまでと変わることなく無茶を言い出す兄貴にオレは呆れ、同時に感心した。

 (ああ、こういう生き方もあるのか)

 忍一本で生きてきた男だ。
 普通であれば己の身に起きたことに悲観し、立ち止まり、途方に暮れるだろう。

 だが、目の前の男は違った。

『ゲンマ。俺はまだ生きている』
「ああ」
『なら、まだまだ生きないとな!』
「フ……、そうだな」

 自ら選んだ。立ち止まらずに、歩き続けることを。

『そういうわけだ。悪いが、どこかで適当な物件見つけてきてくれ』
「分かった。どんな物件がいいんだ」
『ただひたすら安いところだ!家賃が払えないと話にならんからな!』

 そこでオレが見つけたのが、大通りから一本路地裏に入った貸店舗。奥まったところにあるからと、格安で契約した場所だった。

 『わらうかど』。
 あれから三十年経った現在も、変わることなくその提灯は灯っている。

 店の前で足を止めると、わいわい賑わう声が漏れ聞こえた。

「ああああー!キバ!それオレが頼んだ皿だってばよ!」
「わりィ、わりィ!間違えちまった」
「とか言ってぜってーわざとだろ、その顔!」
「うわ、父ちゃん格好悪いってばさ」
「ぐ……!」
「ボルトー。萎えてるところ悪いけど、アンタの父ちゃんって、昔っからそんな感じだから」
「そうなの、アンコ先生」
「そーなのよ!中忍試験の時なんかやたら威勢だけよくてさーぁ!」
「あーあーあー!なあ、ボルト。ヒマワリ寝ちまったし、もう時間遅いから母ちゃんと一緒に帰って寝た方がいいんじゃねーか。明日もアカデミー早いだろ」
「そ、そうだね!そろそろ帰ろうか、ボルト」
「えー、母ちゃんが言うなら仕方ねーけど。
 ……アンコ先生。明日アカデミーで教えてくれよな。父ちゃんのこと」
「もっちろーーー」
「アンコ先生ー!もう一杯いかがっスか!」
「あら、気が利くじゃないの!」
「いや、いくら無礼講でも火影(お前)がそこで酌してどーするナルト」
「だ、だってさぁ、カカシ先生ー……」

 ほとほと参ってる声に、ドッと一際デカイ笑いの渦が湧き起こる。

 微笑。爆笑。苦笑。失笑。

 これには流石に苦笑いを零しながら、オレは店の暖簾を潜り、戸を開けた。

『お、ゲンマ!』

 カウンターからこちらに手を振る兄。
 それに周りが気付き、ほろ酔いの同期たちから腕を引かれた。席に着くなり料理が運ばれ、注文する間もなく盃が注がれる。

 オレは兄貴が苦手だ。でもな。

『ゲンマ、俺は笑うぞ。楽しい時だけじゃなくて、辛くて悲しいと思う時も』
「兄貴」
『泣いても笑っても同じ時間だ。それならば笑う!人生は笑ってなんぼだからな!』

 笑う角には福来たる。

 いつも笑い声が満ちて和気あいあいとしていれば、自然と福が舞い込んでくる。

 座学が苦手な兄が、提灯を吊るしながら唯一好きだということわざを読んだ。

 どうか、そんな店になりますようにと。

「できるのか」
『ああ、任せろ!してみせるさ!』

 そう、豪語した通りに。

 (アンタはオレの自慢の兄貴だよ)

 今目の前は、眩いばかりの福(笑顔)で溢れ返っていた。
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