将来の夢はライオン


 朝起きて、顔を洗って、ご飯を食べて。階段を降りて暖簾をぐぐる。
 カウンターの引き出しから眼鏡を、隠し棚から店の鍵を取り出して開店準備。

 閉店札を回収するために店の外に出たら、ふと扉の端にタンポポが黄色の花を咲かせていることに気がついた。

「もうそんな季節だったんだ」

 時間は早いなあ、なんて感慨に耽っていると、きらきらと明るい声が私を呼んだ。

「遼さーん!」
「いのちゃん。いのいちさんも」
「久しぶりだな」

 笑顔の女の子が、クリーム色の髪を靡かせてこちらに駆けてくる。
 やまなか花店の娘さん・いのちゃんと、数歩後ろで彼女に連れ沿うのは、お父さんのいのいちさんだ。

「ねー、遼さんのとこってぇー、アカデミーの本置いてるでしょー?」
「うん、置いてるよ」

 もしかして。

「いのちゃん、アカデミーにご入学ですか」
「ああ。オレの時も末廣亭で買ったから、いのもって思ってな」
「そうだったんですね。ありがとうございます。ご用意しますので、中へどうぞ」

 アカデミーの教本は、里の各書店で扱っている。だからどこで買っても同じなのだが、いのいちさんのように、自分が買ってもらった書店でお子さんの本も買うという人が多いようだ。

 わたしは、アカデミーから送られてきた教本のリストを元に、あらかじめ集めて一人分ずつセットしておいたものを、暖簾の奥から取り出してカウンターに置いた。

 いのいちさんとリストを見ながら再度確認。間違いがないことを確かめてもらって、本や巻物を梱包する。

「遼さん、巻物の方ちょーだい!」
「いのが持つのか?」
「私だってママの手伝いしてるんだからー、それくらい持てるわよー!」

 いうが早いや、カウンターの上に置いた袋に手を伸ばして抱えてしまった。そして、入口まで小走りして扉を開ける。

「パパー!早く早くー!」
「ったく、活発なのは誰に似たんだか」
「ふふっ。はい、お釣りです」
「ありがとう」

 いのいちさんとお店を出たはずのいのちゃんが、またひょっこり顔を覗かせて手を振ってくれる。

 (可愛いなあ)

 手を振り返すと満足したのか、今度こそお店の扉がぱたりと閉まった。



 
 店内が落ち着いているうちに床掃除をして、お昼を食べてから、明後日の発注。次の平積みをどうしようかなと考えていると、扉が開いた。

「こんにちは」

 涼やかな微笑みを携えてやっていたのは、いつかのうちは少年と、

「……」

 うちは少年に手を引かれた、ミニ・うちは少年だった。

「こんにちは。本日のご用件は……?」
「弟の、サスケのアカデミーの教材を買いに来ました」

 なるほど。
 この子は、うちは少年の弟くんのサスケくんというのか。

「早くしろよ。これからイタチ兄さんに修行見てもらうんだから」

 サスケ氏、隣のお兄さんの礼儀正しさどこに置いてきたの。取っておいで。待っていてあげるから。

「悪く思わないでやってください。素直なだけなんです」
「そ、うなんですね」

 天然なのか。
 イタチくんは申し訳なさそうな顔をしながら、躊躇いなく傷口に塩を塗ってきた。この兄弟恐い。

 わたしは教本の束をカウンターに乗せて、イタチくんに確認してもらった。イタチくんの隣で、サスケくんが爪先で立って一緒に確認しようとしている。可愛いところがあるなあ、とほっこりした。

「以上になります。お包みしますね」
「オレが持つ」
「持てるのか?」
「持てる!」

 分かる分かる。その年頃って、俺も俺もってなるよね。

 会計を済ませて、紙袋を二枚用意する。
 袋の大きさは同じ。本と巻物を分けて入れる。ただし、重さは片方だけ軽くなるように。見た目でバレたら、きっとサスケくんは怒るだろうから、上から見た高さも揃えて、っと。

 イタチくんに二つの紙袋を渡すと、彼は持ってすぐに勘付いたらしい。軽い方をサスケくんに渡した。

「大丈夫か?」
「当然だろ!行こう、兄さん!」
「ああ」

 イタチくんはこちらを振り返り、「ありがとうございました」と軽く頭を下げてサスケくんの後を追う。

「こちらこそ、ご来店ありがとうございました」

 声をかけると、店を出る手前で口元を綻ばせたイタチくん。

 (美しすぎる)

 扉を潜る横顔を見て確信した。
 イタチくん、これからもっと綺麗になる。お兄さんがそうなら、将来、サスケくんのイケメンも決定事項だ。

 イケメンが女の子のハートを攫っていくのは王道で。

「これは、ある意味血継限界と並ぶ遺伝子レベルの強さなのでは」

 わたしは扉が閉まった店内で一人、今後、うちは少年たちを中心に巻き起こるであろう女の子たちの恋愛旋風を憂慮していた。
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