君の眼が僕を捕らえた


 遼と昼食の約束を取り付けた後。伝令が届いて任務を言い渡された。

 (これなら明日までに間に合うでしょ)

 そう考えた通り、任務自体は無事に終わって里に戻ったが。

「左腕が折れてます。一週間は入院していてください」

 腕が動かないので病院に寄ったら、問答無用で個室に突っ込まれた。

 (意地は張るもんじゃないね、どーも)

 店の前を通ったら、遼がイルカ先生から食事に誘われているのを聞いて横槍を入れてしまった。

 彼女自身が何とも思っていないであろうことは明白だったが、相手が好意を寄せているのは見て分かったし。どうにもそれが面白くなかった。

 だが、こんなことがあると。
 卑屈になるわけではないけれど、約束事に向いているのは彼の方ではないかと思えてくる。

 (とりあえず連絡はしないとな)

 パックンを口寄せして、伝言を頼んだ。

 遼に入院していることは伝えなかった。もし伝えたら、あの性格だ。十中八九見舞いに来るだろう。
 わざわざ心配をかける必要もないし、何より格好がつかない。

 そう時間も経たず、パックンが戻ってきた。

「遼からだ。『埋め合わせは大丈夫です。その代わり、無事に帰ってきてください』だそうだ」
「そっか」

 彼女らしい。
 嘘をついている負い目はあったが、こちらの身を案じてくれる言葉がじわりと胸に沁みた。

 パックンはそんなオレを横目に、散歩へ出掛けてしまった。少しくらい構ってくれてもいいのに、と思いながら、手持ち無沙汰なオレは枕元の本を開いた。

 すると開けた窓から入ってきた風が、遊ぼう、遊ぼうと誘うようにカーテンを外へ攫っていく。

 (遊びに行けたら苦労しなーいよ)

 構わずページを捲ったら、不貞腐れたように静かになる。そしてまた誘い、鎮まり。

 そのやり取りを何度繰り返したのか。
 本も半分読み終えた頃、散歩を終えたパックンが病室に戻ってきた。出た時よりも軽い跳躍で窓を飛び越え、オレのベッドに着地する。

「早かったじゃない」
「まあな」

 パックンはオレに生返事を返しては、後脚で立ち上がった。

 どうやら外が気になるらしい。カーテンに頭を突っ込み、窓枠に前脚を掛け窓の外を見つめている。
 尻尾は緩く振っているから、警戒しているわけではなさそうだ。

 (誰かいるのか)

 見ると、壁からひょっこり現れた人影が、こちらへと手が伸ばす。咄嗟に右手でカーテンを開け放つと。

「遼……」
「はたけ、さん……?」

 いるはずのない彼女がそこにいて。

「どうして、ここに」
「お散歩……ですかね」

 普段通り、肩透かしのような返答をもらった。




 普段着とは違う。初めて見る遼の私服姿に、不覚にも息を呑んだ。

 ぱっちり大きな瞳。その目尻はキラキラしている。柔らかな頬は淡く染まり、ふっくらとした唇は薄いピンクに色付いていた。緩く巻かれた髪は、遼の持つ雰囲気によく似合っている。

 服は、白いブラウスに、小花柄のスカート。編み目の粗いカーディガン。腕に抱えているものが、定食屋のビニール袋ではなくて、草花の詰まったバスケットであれば、間違いなく花畑から出てきたと思うだろう。

「その格好」
「!あ、えっと。はたけさんとお食事に行くって知った子たちが、やってくれて」
「へえ」

 十八歳。普通の女の子であれば、お洒落の一つや二つして歩いているだろうし、彼氏がいてもおかしくない歳の頃。

 そんな出会った頃から、既に仕事一徹だったことは知っている。着ているものも、いつも清楚に纏めて、変わらず真面目にコツコツと。ただ直向きに、お店だけを見つめて働いていた。

 そんな彼女に好感を持っているし、尊敬もしている。だから、格好を特に気に留めたこともなかったけれど。

「可愛いよ。とても似合ってる」
「っ」

 心からそう思った。
 聞いた途端、ぶわりと頬を紅潮させる遼の反応に目を見張った。

 (へー、そんな顔もするのか)

 初めて眼鏡を外したところを見た時に褒めたら「セクハラはちょっと」と真顔で返してきたのに対し、お洒落していることにまだ戸惑っているのか。
 らしくもく返答に困った様子で、そわそわと視線を泳がす姿がまた意地らしい。

 遼のことだ。顔見知りからの押しに弱いところがあるから、恐らく今回も『知った子たち』からの押しに負けて着飾ることになったんだろうけど。

 経緯はどうであれ、オレと会うために可愛くしてくれたと思えば悪い気持ちはしなかった。

 逆に、迎えに行けなかったことが余計に悔やまれる。なぜパックンが彼女を連れてきてくれたのか、分かった気がした。

 (誤魔化しちゃ、だめだな)

 そう思って口を開いたら。

「「あの(さ)」」

 見事に被り。

「す、すみません。どうぞ先に」
「いや、遼こそ先に」

 ーーーぐぅ。

 譲り合っているうちに素直な彼女のお腹に先を越されてしまって。

「とりあえず受付回っておいで」
「そう、させて頂きます……」
 
 恥ずかしさを誤魔化すようにお弁当を抱いて踵を返す遼。オレはその背中を見送って、いつの間にか姿を消してたパックンに心の中でお礼を言った。
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