遅咲きのリナリア 03



 氷室くんについてまた新しく発見したことがある。きっと彼は責任感が強くて、一度言ったことは簡単に曲げないひとだということ。「君のことを応援する」という彼の言葉も社交辞令に近いものかと思っていたが、どうやら違うようだ。
 たとえば帰り道、目の前に颯砂くんの広い背中を見つけて声を掛けられずに喉をからからにしていたとき、通りがかった氷室くんが「二人とも今帰りですか?」といとも簡単に下校に巻き込んでくれたりとか、あるいは、食堂で颯砂くんとお昼を食べたあとににわたしのところへふらりと寄ってきて「ノゾム先輩、さっき『無性にカラオケで大声出したい』って言ってた。君が誘ってみれば」と背中を押してくれたりだとか。
 ――そんな氷室くんの協力は大きくて、颯砂くんが前よりも親しげに「みょうじ」と呼び掛けてくれるようになったことに、日々喜びを噛み締めていた。


「一紀くん!」

 校門の手前に彼の背中を見つけて声をかけたら、彼は面食らったような顔でこちらを振り向いた。

「みょうじ先輩」
「今帰り? よかったら一緒に帰ろうよ」
「いいけど……珍しい。君が僕を名前で呼ぶの」
「ダメだった?」
「そうとは言ってない。慣れないってだけ。もしかして、ノゾム先輩と同じ呼び方したいだけ?」
「ううん? ただわたしがそう呼んでみたかっただけだよ」
「あ……そう。僕と距離詰めてどうすんのって感じだけど、好きにすれば」

 彼はそう言って、わたしと、唇のすきまから吐き出した白い靄を置いてけぼりにして歩き出した。
 春や夏に比べて、防寒具が必要になる冬場はサーフィンがしづらいと彼は言う。彼が気まぐれに海へ誘ってくれる頻度は夏よりもすこし減り、今日も「寒いし、あったかいものでも飲む?」という彼の提案で、わたしたちは喫茶店に向かった。
 一紀くんは大抵、マグカップのなかのホットコーヒーがいい具合に冷めるまで、窓の外を眺めて待っている。道行く人たちに向ける眼差しは、彼らに興味があるのかないのかわからない生ぬるい温度だ。わたしも釣られて窓の外を見てみれば、道の向かいの雑貨屋の入り口が、ハート型のてかてかとしたバルーンで派手に縁取られているのが見えた。

「そろそろバレンタインの季節かあ」

 頬杖をついたまま呟いたら、

「なに他人事みたいに言ってるの。君は頑張る側の人間でしょ」と咎められてしまった。

「ずいぶん余裕ぶってるけど、気を抜かないほうがいいよ。あのひと、リョータ先輩ほどとは言わないけど、たくさんもらうはずだし。良くも悪くも、簡単には君の気持ちに気付かないと思う」
「そうなのかな……そうだよね……」
「そうだと思う。だからこそ、有象無象のチョコに紛れないようにしなきゃ」
「でも、そんなことしたらバレちゃわない?」
「バレるって、何が?」彼は尋問をするように、視線を鋭くした。
「わたしが、その……颯砂くんを好きだってこと」

 わたしの言葉に一紀くんは困惑したように眉を寄せる。

「あのさ、君……ノゾム先輩のこと、このままずっと付かず離れずの位置からただ見てるだけで終わるつもり?」

 痛いところを突かれたわたしは、思わず黙ってしまう。彼はとうとう呆れてため息をついた。

「じゃあ最低でも、君とノゾム先輩の卒業式までに腹括って。ほら、うちの学校の教会で卒業式に告白したら永遠に結ばれるとかどうとかっていうジンクスみたいなのたくさん聞くし、リミットとしてはちょうどいいんじゃない?」
「一紀くんも、そういう話知ってるんだ」
「何びっくりしてるの。クラスの女子が話してたの聞こえただけ。話逸らさないで」
「ごめん」
「何より、僕が協力するのにもキリがないから」
「そう……だよね。せっかく力を貸してくれてるのにごめん。わたし、バレンタインも頑張るよ」
「……うん。そうして」
「あっ、一紀くんにもたくさんお世話になってるし、一紀くんにもチョコあげるね」
「はいはい、義理チョコどうも」

 興味なんて微塵もなさそうに彼は瞼を伏せて、ちょうどよく冷めたらしいコーヒーにようやく口を付けた。
 窓の外、雑貨屋から出てくる女の子たちが心なしか浮き足立っているように見える。世の女の子たちはみんな、好きなひとに多かれ少なかれの好意を伝えることを、不安に思いながらも楽しもうとしているのだろうか。わたしも彼女たちと同じように楽しめるのだろうか。チョコを渡すどころか、彼の目を見るだけで、言いたかった言葉なんてぜんぶ吹き飛んでしまうのに。


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