夢の中で思い出すときも、瞼を閉じて脳裏に思い浮かべるときも、いつだって彼女は笑顔を浮かべ、世界を照らすように輝いていた。
誇張でもなんでもなく、神田の目には彼女がそう映っていた。
だから、神田は初めてレウが発光して見えた時、あの人のことを思い出していた。
*
「レウ姉ちゃん、今日何にするの?」
廊下の曲がり角の先から子供の、もといケイの声が聞こえてきて、神田の神経がそこへ集中した。
「何か、新しいもの」
抑揚のない声がケイの声の後に続く。
「んー、じゃあジェリーにお任せしよう、もう僕思いつかないや」
「うん」
ケイとレウが入団しておよそどのくらいがたっただろうか。
レウは言葉数こそ少ないけれど、言葉を流ちょうにしゃべれるようになっていたし、日々接することの多い人間の名前も覚えるようになっていた。
ケイはレウだけでなく周囲とも打ち解け、こんな小さな子供にAKUMAなど倒せるのか、と当初心配されていた懸念を吹き飛ばすほど、現在エクソシストとしての役割を果たしている。それから、入団当初よりも背丈が伸びた。
そんな二人は現在食堂へと向かっている。神田も同じ目的地である。
レウには人間の食事が必要となった。ライオンの姿に戻れなくなり、肉を生で食べることが不可能となったからだ。そのため彼女は食事をすることを覚えた。ケイに教わりながら一つ一つ。食事以外のことも、ゆっくりと覚えていった。
廊下の角を曲がると、二人の背中が見えた。ケイはレウの肩ほどの背丈で、もう一二年すれば追い越すことが予想できる。確か今年で12歳だったか。
同じ目的地のため、必然と二人の後を追う形となった神田は、二人の並んで歩く姿を視界に収めていた。少し伸びたレウの髪は、つややかである。明るい茶色は、気高いライオンを彷彿とさせる。
レウたちが食堂へと入ると、一斉に彼女に視線が集まった。レウとケイはいつも気が付かず、さっさとジェリーに食事を注文している。今日は中華料理に挑戦するようである。
「おまちどーん」
レウとケイは、トレイをもって歩いていく。ただ歩くというだけでも彼女の身のこなしは優雅で、周囲の視線を独り占めしていた。神田も、視線を奪われた一人である。
神田は自分も食事を受け取ると、レウの表情が見える位置へと座った。神田は気づけば彼女を視界に入れるようにしていた。
神田の後に続いて、多くの男がレウの表情が見える位置へと座っていく。
「レウ姉ちゃん、おいしい?」
「おいしい」
レウが、わずかに微笑む。
神田の周囲の雰囲気色めきだった。神田とそして彼らの目的は、これなのだ。
人間らしさを備えるにつれて、彼女は引力を備えるようになっていた。
以前はあった冷酷さが薄れ、彼女がライオンとして備えていた気高さのみが際立つようになったのだ。そこに加えて、時折見せるやわらかい表情は、彼女をより美しく見せていた。もとから美しい彼女の凛とした姿は、まさに高嶺の花を体現していた。気が付かないのは本人とケイだけだ。
神田は彼女が微笑むたびに、光が瞬くのを感じていた。蛍のような柔らかな光がゆらゆらと点滅するのだ。決して強くはないが、確かな存在としてあった。
一体なぜそう見えるのか、いつだって神田は不思議で、だから彼女を視界に入れて観察している。
「神田!ケイ!」
遠くから名前を呼ばれて、神田はそちらを振り返った。リーバーが大量の書類を抱えてせかせかと歩きながら神田とケイに呼びかけたのだ。
「任務だ。10分後に指令室に来てくれ」
神田は頷いた。蕎麦の残りを味わって食べ、トレイを返しに行く。
ちょうどレウとケイも食べ終わったようで、トレイの返却口に三人が集まった。
「行くぞ」
ちょうど次の任務が一緒なのだし、と神田はケイに声をかけた。
ケイはこくりとうなずいた。
「じゃあね、ケイ」
「うん」
「気をつけて」
レウとケイは短い言葉を交わし、こぶしを合わせた。神田は前にもこの光景を見たことがある。確かケイが何かの本を読んで、憧れたのがきっかけだ。
「クロ」
神田はレウに呼ばれ、そちらをむいた。
神田はきちんと自分の名をレウに教えたことがあるが、レウが今まで神田をクロと認識していたことがわかり、クロという呼び方が定着したのだ。神田はレウに呼び方を強制はしなかった。ユウと呼ばれさえしなければどうでもよかったのだ。
「ん」
レウがこぶしを出す。自分にも、同じことをしろ、ということなのだろう。
神田は、それに応えようか迷った。普段ならこんなこと絶対にしない。しかし、これをすれば、自分がレウに対して感じているものの正体がわかりそうな気がしたのだ。
「こんなの早くしちゃえばいいじゃん!」
神田がためらっているのに気が付いて、ケイが焦れてぱっとレウと神田のこぶしをくっつけた。こつり、と軽くこぶしの骨がぶつかり合う。
「クロも、気を付けて」
こぶしに視線を落としていた神田は、レウからの思いがけない言葉に視線を挙げた。神田は目を見開く。
先ほどよりも眩しい光を宿した彼女の微笑みに出くわし、神田は自分の視界にかかった魔法に気がついた。
まぶしさの秘密