この世界が始まったばかりの頃、存在するのは広い大地と広い空、ただそれきりだった。
大地からは丸い形をした、土塊の生物が生まれた。彼らは意志を持ち、自らを「塊族(カタロファー)」と呼んだ。
その中の一人は駝鳥の姿に変形し、ソロイルスーザと名乗った。他の者も姿を変えた。
何もない空に昇って太陽になった者。大きな猫になった者。人の形になった者。
この世界は彼らの手によって、複雑になっていった。多くの生物が生まれるのも、時間の問題だった。
* * * *
植物の始祖である花が咲いた後には、たくさんの植物が大地に出現した。塊族の手による「粘土遊び」にすぎないものもあったが、誰の手も借りず自然に発生するものもあった。
そして、一本の木が育ち、大樹となった。それは初めの樹「ノフィスユグドル」と名付けられた。
駝鳥の姿からより活動しやすい人の形になったソロイルスーザは、遠くから初めの樹を観察し続けていた。
美しい葉が茂り、小さな実が四つほどなっている。
ソロイルスーザは孤独だった。かつて同じ土から発生した同胞とは仲違いをしたため、仲間というものを持っていなかった。植物を管理しているのは彼らであり、ソロイルスーザは近づくことができなかった。
それでもある決意のもと、ソロイルスーザは四つの実が成長するのを待ってから、より瑞々しい二つの実を樹からもぎとり、さらに六百近くの葉も持ち去った。
ソロイルスーザには力があった。
彼は二つの果実の魂に呼びかけ、自我のレベルを上げる手助けをしてやった。
二つの果実、「エルノフィスコリオル」はサナギがチョウへ成長するように、別の生物へと変態した。
一つは美しいハクチョウに、もう一つは美しいワシに変わった。
ソロイルスーザは微笑んだ。彼らは息子であり、仲間なのだ。
白鳥にはキュグヌス、鷲にはナスルという名前を与え、二羽を連れたソロイルスーザは、飛翔した。
* * * *
家族はもっと増えることになる、とソロイルスーザは二人の息子に説明をした。彼の手の中には、初めの樹ノフィスユグドルに茂っていた葉、「エルノフィスリフ」があった。
白鳥も鷲も、すぐに人の姿に変じていて、白い衣をまとった白鳥のキュグヌスと、黒い衣をまとった鷲のナスルは、ソロイルスーザの後ろに控えている。
「何故、お前達は実から鳥へ、これらは葉から鳥達へ変わらなければならないか、わかるか?」
「いいえ、我が君」
キュグヌスが返事をした。
初めの樹、ノフィスユグドルは複雑な構造を持たない。木の形をした土だと言ってもよかった。
原初の土は、エネルギーそのものであり、どのような可能性も含んだ不確定素だった。自然に生まれ、不確定素のまま自我を持ち、動き回る生き物は今のところ、塊族しかいなかった。
実も葉も、エネルギーを持ちながら、自らの意志で活動することはできない。
これらのものは、ただ輪郭のみが定まり、実であり葉であるということに過ぎないが、しかし実として、葉として確実に存在している。ただの土塊ではなく、形を持つ土塊で、この世界に生まれている。次の段階へ進むことができるのだ。
より、明確な個を得られる。複雑な構造を持ち、運動と感覚の機能を持った生物に変態できる。
キュグヌスとナスルの場合は、それが白鳥と鷲の姿だった。
ソロイルスーザはエルノフィスリフ一枚一枚に呼びかけ、動く物に変わる手助けをし、魂の形を与えてやった。
フクロウ、クジャク、オウム、タカ、ツル、コンドル。どれもが不思議と鳥であった。それぞれの鳥にソロイルスーザは言葉をかけ、名前をつけた。
無の世界から浮上して、目を醒ました鳥達は、まだどこか眠そうに、黎明の中で世界を見回している。
鳥になるべきだ、鳥が最も良い生き物だ、とソロイルスーザは説いた。
鳥には翼がある。何かが道を塞いだとしても、乗り越えられる。導くことができる。空から見下ろせば、迷うこともない。
「我が君、何故我々は人の形をとるのでしょう?」
キュグヌスがそう尋ねた。
植物から動物になれば、自由に活動する生き物として十分なはずだった。
「噂によれば、この世界を作った造物主は人の姿をしていたという。だから、人の形は神の形だ。創造の形だよ」
動物は生きることだけを使命とする。己の益のために動く。
しかし、我々にはそれ以上の使命がある。
その手は創るためにあり、その足は跡を残すためにある。
「我々はただ生きるのではない。善く生きるのだ」
生まれたばかりの多くの鳥の中の一羽、孔雀のタウスは鳥から人の姿になり、父であり母であり、主であるソロイルスーザを見つめていた。
その人はまばゆいほどに純潔であり、その尊顔には希望が満ち、優しさが溢れている。双眸に迷いはなく、両の腕(かいな)は何事をも成し遂げる強さを秘め、二本の足は揺るぎなく大地に下ろされていた。
滔々たる大河、巍然たる高山をも凌ぐあの偉容。何と頼もしいことか。
彼こそがこの世界に光と幸福をもたらす人なのだ。彼の翼が皆を楽園へと先導するに違いない。
孔雀の無垢の魂は何一つ疑うことを知らなかった。
「皆、正しきことを為せ。己の心に背かぬように。忠義を尽くせ。誠実であれ。我らの理想はただ一つ。常しえの楽土に降り立つことのみ。我が言の葉、ゆめゆめ忘れることなかれ。健やかなる光の鳥達、光の子らよ。その翼と、私に誓うのだ」
鳥達を前にして、ソロイルスーザはそう言った。一言一句が殷々と鳴り響く鐘のように鳥達の胸に届く。
一羽、また一羽と全ての鳥が臣下の礼をとる。
タウスはソロイルスーザの言葉を心に刻んだ。
我らの主。我らの柱。我らの心。太陽のごとく彼は輝き、その光はあまねく全てを照らすであろう。
何故ならば彼がそれを望んでいるからだ。
世界は彼がいる限り終わらない。ソロイルスーザその人こそが世界の曙光、消えることのない絶対の光なのである。
鳥達の足は、そこに最初の跡を残した。これが始まりなのだ。
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