とある世界の始まり。
曙光に照らされた大地に、此の上なく美しい、一輪の白い花が咲いた。
その創世の花は全ての動植物の祖であり、それらを統べる王であった。
名をノフィスカリアといった。
開闢より世界はとどまることを知らなかった。あらゆるものは流転する。
物言わぬ不動の花であるノフィスカリアも、己の意志で動くための足を得た。
花から変じた姿は四つ足の黒象。
花の蜜を身の内に通わせるその象の名は、サンディといった。
草を食み、象として穏やかに生きるサンディの前に、一人の不思議な青年が現れた。
名を、タムといった。
彼は世に存在する全ての言語を解していた。
言葉を愛し、言葉に愛された人間だった。
花の象サンディは、言葉の人タムの従者となり、彼と共に旅をすることになった。
やがて人の世を歩むようになり、サンディは象から人に化けて、タムに付き従った。
彼ら二人の旅は、途方もなく長いものになった。
多くの出会いと別離、喜びと悲哀を経験した。様々なものの生死(しょうじ)に触れ、動乱を耐えた。
一人の主人と一人の従者の旅路は睦まやかなものではなかったが、彼らは常に肩を並べて歩んできた。
タムは本に、様々なことを書き記していた。
「何故、あなたは文字を記すのですか?」とサンディは主に尋ねた。
「きっと、文字は記すためにあるからだろう」とタムは従者へ答えた。
サンディはいつも、花の香を漂わせていた。
「何故、お前は咲いたのだろう?」とタムは従者に尋ねた。
「きっと、花は咲くべきものだからでしょう」とサンディは主へ答えた。
果てのない旅に思われた。しかし、終わりのない始まりなどありはしない。
二人の世界にも、やがて約束された終焉が訪れた。
――私達は、また、どこかで出会う。
始まりの花であるサンディは、長い眠りにつく前に、そんなことを考えた。
どこか、こことは違う世界(ところ)で、再びあいまみえる。幾度も、幾度も。おそらくそれは、今の二人とは異なる二人であるのだが。
それが、劫初よりの定めなのだ。
これは別れではない。
終わりは始まりとなる。
そしてサンディは目を閉じ、とある世界が、終わった。
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