放課後ノスタルジア2


「田村君、お腹が空きませんか」
 立ち止まってサンディが言った。
 いつの間にか田村は遅れがちになっていたようで、サンディの数歩後ろで足を止める。ファストフード店の前だった。
 親しいとは言えない同級生と食事をするということに戸惑いがなくはなかったが、拒む理由もない。
「何か食ってこうか」
「はい」
 観察している限りでは、サンディは常に誘われる側だった。だからこうした積極的な姿は想像していなかった。
 こんな機会は滅多にない。例えかじるのがハンバーガーだったとしても、王子との食事を光栄に思うべきなのかもしれない。
 注文を済ませて窓側の席につく。田村のお決まりのハンバーガーは水色の紙に包まれているのだが、サンディの品は若草色の紙だった。バンズも白い。
「それ、何」
「ホワイトフレッシュバーガーです。野菜しか入っていません」
「物足りなくないの」
「僕、肉は食べないんです」
 知ってる。ゾウだから肉は食べないんだ。
 頭の中で呟いて、田村はふと眉をひそめた。自分がどうしてそんなことを考えたのかがわからない。
 サンディと向かい合ってその瞳に見つめられていると、不思議なことを口走りそうになる。いつもは不透明なはずの自分の表面が透き通り、奥にあるものが露わになる。
 自分を保とうと、田村は必死でハンバーガーにかじりついた。
「慌てて食べるとのどをつまらせますよ」とサンディがコーラを差し出す。
 前にもあった。
 こうして一緒に食事をしたことがあった。
 そう思えてならない。そんなはずはないのに。
 哀切を伴う郷愁のようなものが胸にわき上がり、田村は困惑した。
「実は僕、初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っていたような気がする人がいるんです」
 俯いていた田村は、サンディの言葉に顔を上げた。
 彼の瞳の中に、小さな小さな光を見つけた。懐かしい光が田村を透かし、遠くへ誘う。
「そんなはずはないのに。でも、きっと、会っているんです」
 そうだ。どこかで会っている。
「田村君は、そういう経験がありますか」
「あるよ」
 田村は窓を見た。明るい店内がいくらか色褪せてそこに映っている。
 田村とサンディもいた。異なる世界でサンディと話をしている田村がこちらを見ていて、あちらの田村とこちらの田村の目が合う。
 そんな空想が頭をかすめる。
 ひょっとすると、田村とサンディはすでに幾度となく会っているのかもしれない。
 しかしそうであったとしても、確認する方法はないのだ。多分、前に会った時、二人は二人であって二人ではなかった。
「変なことを聞いてもいいですか」
「いいよ」
 オレンジジュースを少し飲んで、サンディは静かな口調で言った。
「生まれ変わりって、信じますか」
 頬杖をついて田村は考えた。割と真剣に考えた。
「どうかな。俺はそういうの、どっちかというと信じる方じゃないんだよ。だけど、これだけは言える」
 田村は笑った。
「俺、ゾウが好きなんだ。本当に」
 じっと答えを待っていた絵の中の王子は、不意に表情を緩ませた。安堵したような顔で、それから次第に苦笑へ変わる。
 田村も苦笑した。まるで符丁でやりとりしているかのようだ。しかもその意味を当の本人たちがわかっていないのだから滑稽だった。気味の悪い話である。
「ごめんなさい。今日は僕、何だか変なんです」
「俺もだよ。何だか変なんだ」
 それからの会話はごく普通の、高校二年生に相応しい内容の話題へと転じていった。
 共通の話題。主に学校のことだった。弾む、と言えるほど盛り上がりはしなかったが、気まずさはすっかり解消された。
「田村君、英語の授業はいつも居眠りしてますよね」
「英語だけは得意だから、授業聞いてなくても平気なんだよ」
「成績も学年で一番ですしね」
「それ以外はぱっとしないけどな」
 サンディは案外大食いだった。二回も席を立ち、同じメニューを注文していた。いつもは控え目にしているそうだが、家ではよく食べるのだと告白する。よく驚かれる、と恥ずかしそうに下を向いた。それはそうだろう。華奢な体つきからは想像がつかない。
「田村君がゾウが好きで良かったです」
「どうして」
 サンディはかぶりを振った。神秘的な笑みが口元に浮かんでいる。
 彼と話していると、シグナルが届く。
 田村も同じシグナルを送っている。
 しかし、二人はそれを読み解く方法をもう覚えていないのだ。
 もどかしい一方で、それでもいいと思っていた。昔どんなことがあろうと、今の自分たちは変わらない。焦る必要はない。
 話をしてみると、思っていたほど日下部キサは堅苦しい人物ではなかった。それでも気が合うとは言えない。分類されれば同じ箱に入る性質の人間ではないだろう。
 二人は店の外に出た。
 雪はやんでいない。
 冷たい夜が街を包み、雪片が奏でる冬の序曲に皆耳をすませている。サンディが手をさしだすと、ひとひらの雪が舞い降りた。彼は空を見上げる。彼も耳をすませている。
「寒いですね」とサンディが呟く。
「うん」
 今日は妙な日だったが、明日からはおそらくまた起伏のない日常が戻ってくる。
 田村とサンディは別れて歩き出す。しかしすぐに二人はそれぞれ言い忘れたことがあって振り向いた。
「タム」
「サンディ」
 声が重なった。
 一瞬呆然とし、すぐに田村は訂正する。
「あ、ごめん日下部」
「サンディで構いませんよ。何ですか」
「忘れた。そっちこそ、何」
「すいません。忘れました」
「タムって」
「いえ、何でもありません」
「じゃあ、また明日」
「はい。また明日」
 今日は妙な日だった。
 サンディとハンバーガーを食べたんだ、などと話したら、この奇妙な組み合わせに、級友はどう反応するだろう。
 田村は顔をこすった。
 サンディに「タム」と呼ばれて、どきりとした。懐かしい響きだった。
 最も強いシグナルが届く。遠かったはずの彼がその瞬間、とても近くに感じた。
「サンディ」
 田村はそっと口に出した。許可は得たが、それでも田村は気恥しいから明日からも彼を「日下部」と呼ぶだろう。
 タムとサンディだった彼らは、背を向けて帰っていった。



(終)



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