48


「……仕方ないですね。出直します」
 黒峠はあっさりと引き下がった。
 わざわざやって来たのだから、もっとつっこんだことを聞いてもよさそうなのだが、彼らしくもない。
 どうやらかなり体調が悪いらしかった。そんなに具合が悪いのに、病院に行かないと言うのだから呆れる。
 黒峠に続いて亜沙子は席を立った。
「待って、柊さん」
 鈴木は亜沙子だけを呼び止める。ただの付き添いで、自分は傍観者だと思っていた亜沙子は驚いた。
「あなたも特別に占ってあげるわ」
 それを聞いた亜沙子は更に取り乱した。
「わ、私、さ、三万も持ってませんっ!」
 隣で黒峠が吹き出した。
「声が裏返ってるよ、柊君」
 亜沙子は顔を赤らめて誤魔化すように咳払いをした。よりによってこんな人間に醜態を見られてしまうとは不覚だった。
 黒峠は肩を震わせて笑っている。
 悪かったわね、たかが三万で慌てたりして。
 目が合うと、黒峠はまた吹き出した。
「あなたは特別サービス。無料よ」
 戸惑う亜沙子の肩を黒峠が叩いて言う。「良かったじゃないか、無料だよ! ロハ! 君の大好きな、タダだよ!」
「馬鹿にしてるんですか」
 そんなわけないじゃないか、と黒峠は馬鹿にしたように肩をすくめる。
「では、私は先に行ってるから」
「置いていかないで下さいよ!」
「大丈夫、待っててあげるから。どんな不幸な未来を教えられたとしても、明るく生きていくんだよ、柊君」
 黒峠は即興で作ったらしい「柊君はタダがお好き」という、侮辱的な歌(「ああ、タダタダ、柊君はタダがお好き、高い支払いは大嫌い!」)を歌いながら去って行ってしまった。
 この気まずい場に取り残されてしまった亜沙子は、そろそろと鈴木の顔を見た。鈴木は「どうぞ」と腰を下ろすよううながす。
 これは、占ってもらうしかないようだ。
 薄暗い部屋で、亜沙子は占い師と向かい合って座る。鈴木は煙草をふかしながら、亜沙子を見つめていた。さすがに煙草を吸う姿はさまになっている。



[*前] | [次#]
- 48/157 -
しおりを挟む

[戻る]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -