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 とたんに強い煙草のにおいが鼻をかすめ、亜沙子は咳きこんだ。煙が充満していて、もやでもかかっているみたいだ。奥には余程のヘビースモーカーが潜んでいるのだろう。
 狭い店だった。そもそもの面積が狭いのだろうが、衝立だのすだれだのカーテンなどで賑わっていて、なおさら窮屈だった。
 受付らしいカウンターがあり、そこに座る女性は前髪がやたらと長く、口には普通のドラッグストアでは見かけない特大サイズのマスクをつけていた。
 亜沙子は口裂け女を思い出さずにはいられなかった。
「こちらへ、どうぞ」
 女性は芝居がかった仕草で手招きをする。ここまでくると、呆れるのを通り越して少々ぞっとした。
 黒峠が一歩前に出る。
「私は占ってもらうために来たのではありません。実は私はこういう者で……」
 ポケットから何かを取り出そうとするのを、亜沙子がすかさず腕をつかんで阻止した。何を出すのかは大体想像がつく。
「柊君、手をはなしたまえ」
「はなしません」
 亜沙子は小声で言う。
「どうせまた、警視庁のナントカです、とか、偽の身分証を見せるんでしょう」
「よくわかったね」
 お決まりの展開だ。今度こそ、見て見ぬふりをするわけにはいかない。
「たまに堂々と本名を名乗ったらどうなんですか。犯罪者じゃあるまいし」
「今日は生意気だよ、柊君」
 観念した黒峠は、受付の女性に名刺を渡した。
「黒峠探偵事務所の黒峠有紀と申します。星樹ユリさんにお話をうかがいたいんですが」
 星樹ユリ。確か宮川の母親は、鈴木ではなかっただろうか、と亜沙子が首をひねる。
「本名なわけがないだろう」
 黒峠が耳打ちをした。
 なるほど、占い師だから、本名ではない名前で商売をやっているのかもしれない。
「星樹は占い以外の件で面会することはありません」
 マスク女は冷ややかに答えた。
 困った様子で腕を組んでいた黒峠だったが、「わかりました」と頷く。
「占ってもらうなら、星樹さんに会えるんですね」
 話はまとまって、受付用紙が渡された。黒峠は淡々とそれに記入していく。一通り書き終わると、受付の女性はそれを持って、奥へ下がっていった。
 亜沙子と黒峠は怪しげな椅子に腰掛ける。
 装飾なのだろうか、動物の牙のようなものが椅子から生えていて、「邪魔だなぁ」と黒峠が文句を言う。



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