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 しかし黒峠でも風邪をひくというのは、一見当たり前だが意外だった。黒峠はウイルスの方が逃げていくという印象がある。
 病院嫌いの彼は、医者に診てもらうこともせず、不規則な生活を続け、着実に病状を悪化させているのだろう。
 今日の黒峠の態度はどこか変だった。いつも変だが、輪をかけて変だ。
 校内の一番目立つところで奇抜なダンスでも踊って呼び寄せるならわからなくもないが(そうされなくて助かった)、書庫で来るか来ないかわからないのに待っているのがまず彼にしては消極的だ。
 会ったら会ったで、役にも立たない情報を伝えて「もう会わない」と宣言する。
 黒峠は変な男だが、彼らしい行動の取り方や、彼らしい言い方というのがあるのだ。それが今日はどうにもずれている。体調の悪さがそうさせるのか、それとも別の理由からか。
 要するに、今の黒峠はどこか落ち着かないでいる。
「先生、私に何か隠してること、ありませんか」
 黒峠はポケットティッシュをしまって、鼻をすする。うんざりした表情で亜沙子を見た。亜沙子もこれ以上引いてなるものか、と黒峠に何かわからない何かを白状させようと彼の顔から目を離さない。
 そんな二人の元へ、一台の車が近づいてきた。可愛い水色の車。円だ。
「どうしたんですか、二人そろってそんなところで。有紀さん、迎えにきましたよ」
 助かったと言わんばかりに黒峠が乗り込もうとする。それを亜沙子が突き飛ばした。
「事務所に帰るんですか? 円さん」
「いいえ。有紀さんに車で送ってほしいと頼まれて。あの、柊さんをつけていた宮川という人物の母親のところです。彼の居場所まではわからなかったんですが、母親がこの近くで占い師をやっていると……有紀さん、何ですか?」
 亜沙子が即座に振り向くと、黒峠が口の前に人差し指を立てて円に黙れと合図を送っているところだった。隠そうとしたが亜沙子はしっかりと見てしまった。
「私も乗せて下さい。占いに興味もありますし」
 亜沙子がやや強引に後部座席に乗り込み、黒峠も助手席のドアを開いた。
「柊君、私をストーカーするのはやめたまえ。追いかけたり、同じ車に乗り込んだり。何が目的なんだ。怖い女だな」
「何がストーカーですか人聞きの悪い。円さん、車出して下さい。宮川君のことなら私は無関係じゃないですし、一緒に行きます」
「留年するぞ柊君」
「しません」
「円さん、警察に行きましょう。彼女はストーカーです」
「いいですよ、行きましょう。黒峠先生を変質者だって言ってやりますからね。どちらの話が信憑性があるか、警察に判断してもらいましょうよ」
 鼻声の変人探偵とヒステリックな女子大生の不毛な口喧嘩が続き、しばらく様子を見守っていた円だったが、終わりが見えてこないので、「とりあえず、出しますね」と車を発進させた。
 車内では引き続き、どちらが非常識かで言い争い、盛り上がっていた。円が結局どこへ行くのかと尋ねてもまとまらない。
 黒峠はくしゃみを連発し、亜沙子に帰宅をすすめる。だが亜沙子も意地を張り、頑として譲らなかった。
「君は占い屋に行って何をするんだい。テストの結果でも占ってもらうのか? それなら私でもわかるよ」
「違います。今、テストの話するのやめてもらえますか」
 そうこうしているうちに、当初の目的地であった占い屋の前に到着した。



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