亜沙子も数回ここへ入ったが、歴史関係の小論文を書く際に関連書物をさがしただけで、好んで立ち入る場所ではなかった。
書庫に足を踏み入れてすぐ黒峠が足を止めるので、亜沙子は彼にぶつかってしまった。
「どうして私の背中に頭突きをするんだい」
「急に止まらないで下さいよ」
書庫の壁際には点々と、机と椅子が置かれている。人が滅多に立ち寄らないから集中して勉強できると利用する生徒もいるが、穴場の昼寝スポットとして活用する者の方が多数を占めている。
静まり返った空間に並ぶ本。その量たるや、息苦しくなるほどだ。本のジャングル、という言葉が頭に浮かんだ。
「君はここで待っていてくれないか」
「どこに行くんですか」
「うさぎの本をさがしにね」
そう言うと黒峠は、本のジャングルへ消えていった。追いかけなかったのは、待ってろと言われたからというより、呆然としていたからだ。
何故、うさぎの本をさがさなければならないのだろう。そして、私が付き合わされる意味とは?
これも嫌がらせの一種なのか、亜沙子にはわかりかねた。
このまま出て行ってもよかったが、一応、待ってみることにした。椅子に座って頬杖をつく。黒峠の足音も、彼が立てる物音もしない。どっちを向いても本しかない。
居心地が悪かった。というのも、格別本に対する愛着というのがないからだ。全く読まないわけでもないが、必要に迫られた時をのぞけば、こんなかびくさい本を手にとろうとはしない。
それでも退屈しのぎになればと、適当に本を一冊手にとってまた席についた。古代ギリシャにおける都市国家の仕組みについて書かれた本のようだった。――よりにもよってとんでもない本を持ってきてしまった。
戻しに行くのも億劫なうえ、どうせどれも似たり寄ったりだからと開いて読んでみる。読むというより、活字の上を目線が滑っているという状態だったが。
だめだ。眠い。
ぶるぶると頭を振るも、頑固な眠気は授業の時と同様、簡単に去ってはくれなかった。あくびをかみ殺して本を戻し、また別の本をとってくる。
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