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 自分で上手いと言うところが黒峠らしい。どうやらここに来たのは初めてではないようだ。これをやりたいが為にゲームセンターに入ったのだろうか。だとしたら最悪だった。どんなに声をかけても黒峠はゲームに夢中で振り向かない。そのゲームは音に合わせていくつかのボタンを叩くというシンプルなものだった。歌は下手だがリズム感覚は優れているらしく、黒峠は得点を伸ばしていく。いい大人が真剣にゲーム機のボタンを叩いている姿は異様だった。見ている方が恥ずかしい。その恥ずかしい男は順調にステージをクリアしていった。クリアする度、可愛いキャラクターがお祝いの言葉を述べて画面から去っていく。
 店の中でも一番目立つ位置にあるこのゲーム機の周りには、たちまち人だかりが出来た。クリアする度、まばらな拍手が起こる。絶対に彼と知り合いだとは思われたくないので、亜沙子は離れることにした。黒峠が声をあげる。
「やった! 見て見て柊君、最高得点だって。ダントツだよ! 柊君? おい柊君!」
 頼むから私の名前を呼ばないで。さっさと逃げてしまおうと出入り口に向かった亜沙子だったが、黒峠に腕をつかまれてしまった。
「どうしたんだい柊君。ああ、それともこっちで呼んだ方がいいかな、アサちゃん」
「下の名前で気安く呼ばないで下さいよ気持ち悪い!」
 黒峠の手を振りほどく。
「何? 聞こえなかったよ」
「嘘つき。聞こえてたくせに」
 聞こえた聞こえないの言い争いをしていると、二人の少年がこちらに近づいてきた。まだ小学生だろう。最近はこんな小さな子供もゲームセンターに来るのだろうか。
「黒のおじさんだ」
「な、言っただろう」
 よく聞こえないが、黒のおじさん、とは黒峠のことなのだろう。二人は目を輝かせている。ここで彼は有名人なのだろうか。
「おじさん、また最高得点出したね。すごいな」
「まあね」
 誇らしげな態度をしている黒峠だが、胸を張るようなことではない。隣にいるこちらの方がとにかく恥ずかしかった。よくここに来るのかと尋ねると、黒峠は目をそらす。見ると、ゲームの得点ランキングが全て「KURO」という名前で埋め尽くされている。
「楽しいですか、自分で自分の記録を抜いて」
「楽しいよ。勝負なんていうのは、結局自分との戦いだからね」
 そうそう、と言って黒峠は亜沙子の鞄に手をつっこんだ。怒鳴ったが聞こえないふりをしている。友弥の写真を取り出す。
「君達、ここによく来ているね」
「おじさんもね」
 やはり黒峠は常連のようだ。
「私のことはいいんだけどね。ところでこの人を見たことはないかな」
 少年達は顔を見合せた。一人は首を傾げて「知らない」と答えたが、もう一人は手を叩いて「知ってる」と言った。



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