揺れる



安斎の元教え子に小日向という青年がいる。高校を卒業してリフォーム施工会社で働き始めたが、盆休み明けに辞めてからは定職に就かず、いわゆるニート生活らしい。もうすぐ10月も終わろうとしている。
安斎は妻と死に別れて小学二年生の娘と二人暮らしだ。高校の普通科で英語を教えており、一年生の担任でもあるため、多忙ではあったが、小日向の状況は気にかかっているので、時々メールのやり取りをしていた。在学中から小日向は安斎に心を許してよくなついてくれているのだ。
10月最後の日曜日の昼間、娘の奏恵を連れて小日向と会う約束をした。お互いに住んでいる場所が近く、スーパーで偶然会ったこともあって小日向と奏恵は顔見知りだ。有名な童話を原作にしたファンタジー大作が映画館で上映されており、それを見に行こうという話になったのだった。
久しぶりに見た小日向の容姿に驚かなかったと言うと嘘になる。高校時代は黒髪だったのが金髪になり、元々端整な顔立ちが一層人目を惹き付ける。
「ひなちゃん!」
奏恵の呼び声に、それまでどことなく近寄りがたい雰囲気だった小日向は人懐っこい笑顔になり、安斎に向かって頭を下げて見せた。変わらない態度にひそかに安堵する。
「その頭、どうしたの?」
「気分転換っていうか、今しか出来ないことやってみたくて」
そう言ってはにかんで自らの髪を触る小日向と奏恵を連れてチケットカウンターへ向かい、チケットを購入した後、奏恵がポップコーンとジュースを欲しがったのでフードコートに寄った。その間も小日向へ注がれる視線を感じる。
映画は小学校低学年の子どもには少々難しいかもしれないと思う場面もあったが、海外でも評価が高かっただけのことはあって面白かった。それよりも安斎にとって印象に残った出来事は、上映中に小日向が涙をこぼしたことだ。
泣いている姿を見て、心を動かされた。その感情には身に覚えがある。本来あってはならないものだった。焦りを感じながらファミレスで少し遅い昼食を取る。気の迷いだと思いたかった。


2015/06/13
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