かわいそうなあなた 2



14才年上の桜木は聡志が就職した頃には32才だったが、結婚はしておらずそういった相手も居ないと言っていた。口数が少なく華やかな雰囲気ではないものの、元々端整な顔立ちの所為もあり、彼は同年代の男と比べても若く見えるし、日常的にナースと接する職業柄、女性に縁がないという言い分は些か信憑性に欠ける。
縁がないというよりも色恋に関心がないのではないかと聡志は思った。美しいだけの人形に似通ったところのある、性的な魅力に乏しい桜木の容姿は、俗世間から退いた場所で暮らす聖職者のような印象が強いのだ。

「君のことは小学生の頃から知っているが、そういえば、好きな子の話をしてくれたことはないね」

日曜日の午後、大衆的なイタリアンレストランで昼食を共にしながら、穏やかな口調で彼が聡志の秘密主義を指摘する。当たり前のように見上げていた桜木を身長で追い越すことは出来なかったが、思春期を経てその差は僅かなものとなり、いつの間にか見上げる高さではなくなっていた。こうしてテーブルを間に向かい合って座った状態だと、彼の方が3cmほど背が高いと意識することもない。

「子供の頃から知ってるからこそ、先生には話し難いんです。照れくさいというか」
「いや、ふと気になっただけで、無理に聞き出そうとしている訳ではないんだ」
「結婚を考えるような相手が出来たら、先生にもちゃんと報告しますから。先生も結婚することになったら教えて下さい」

そう言って微笑んで見せた聡志に一瞬怯んだ表情を浮かべ、何か言い淀む風に微妙に視線をずらす。曖昧な態度で逃げを打つ桜木の異変に気付き、彼が自ら恋愛の話題を振ったことに内心で違和感を抱いた。
あからさまな子供扱いという訳でなくても、桜木にとって恐らく聡志の存在は年の離れた友人というより、まだまだ未熟で大人の庇護を必要とする年少者なのだろうと感じる場面が多い。就職する年齢になった聡志にいい相手が居るのか気にして訊ね、結婚という予想外の単語に驚き狼狽しただけなのかも知れない。

高校二年生の一学期に付き合い出した初めての彼女とは、金銭感覚や価値観が合わず二学期の終わりに別れた。所謂苦学生という、自分とは違う生き様に憧れを抱いたらしいが、実際に付き合ってみればデートの時間も十分に取れず、倹約を理由に携帯電話を持たない聡志に不満を募らせるばかりで、彼女にとって理想的な関係ではなかったのだろう。
大切に思う気持ちや好意を疑われることに疲れて愛情を伝える努力を諦め、別れ話の際にも冷淡な態度を取ってしまったことは後悔している。二年生の夏休みに会った桜木には彼女が居ることを黙っていた。その後に彼と会ったのが春休み、彼女とは既に別れた後だったから結局話していない。

照れくさいというのは聞こえの良い言い訳で、彼女が居ると打ち明けることにより、童貞でなくなった自分を桜木に知られるのが嫌だったのだと思う。十代特有の嫌悪感なのか、彼の前で清純を気取りたいだけなのかは聡志自身にも分からなかった。

たわいない会話の途中、食後のコーヒーが運ばれてきた後、ジャケットのポケットから携帯を取り出した桜木に促され、高校卒業を機に漸く契約した携帯電話を手に取る。今日の待ち合わせのため公衆電話から連絡した際、電話番号だけ先に伝えたが、メールアドレスの交換がまだだった。五年近く続いた文通は電子メールのやり取りへと変わる。




爽やかな初夏の行楽日和は今日までで、大型連休を目前に控えているのに明日以降は曇りや雨の日が続くらしい。

「聡志くん。僕はきっと一生独身のままだよ。……結婚出来ない事情があるんだ」

レストランを出て駅へ向かう桜木を見送るつもりでついて行った聡志に対し、彼が突然そんなことを言い出した。人通りの少ない裏路地を歩きながら、結婚出来ない事情と言われて頭に思い浮かぶ理由は、女性恐怖、性交嫌悪、同性愛など、性にまつわる問題だったが、聡志が気になったのは桜木の秘密よりも顔色の悪さだ。拒否反応を見せたら躊躇いなく自殺しそうな、思い詰めた表情をしている。こんな彼は初めて見た。

「先生、大丈夫ですか。酷い顔色」
「大丈夫。ありがとう」
「……今まで俺を気にかけてくれた理由、先生の秘密と関係があるのかな」

心配してみせた直後のその一言に桜木が目を見開き、声を出すことも出来ずに聡志の顔を凝視する。不謹慎な劣情にも似た高揚感は聡志を大胆な気分にさせた。肌が粟立つような昂奮に激しい動悸と喉の乾きを感じる。一通目の手紙を受け取った時のことを思い出し、自らの直感が間違いではなかったことを今更ながら知った。暴かれたいのか打ち明けたいのか、それとも懺悔したいのだろうか。必然的に失恋を繰り返す彼は何も言わない。



2012/04/22
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